「あー、でも。みんなが言ってる『心配性のお父さん』っていうのは、間違ってはないかも」

 羞恥に赤くなって俯くわたしの気持ちなど知らず、佐川店長が穏やかな声で話しかけてくる。

「実は来月、子どもが生まれるんだ。女の子なんだけどね。きっと本物の『口うるさい、心配性のお父さん』になると思う」

 ふふっと息を漏らす店長の顔を、上目遣いに見る。
 少し遠くを見ながら嬉しそうに笑っている店長の顔は幸せそうで。胸が息苦しいくらいに詰まる。

 もうすぐ生まれてくるという娘の姿を想像して微笑む店長を盗み見ながら、負けたと思うと同時に、彼にそんな優しい顔をさせる奥さんの存在に嫉妬した。

 だってわたしは、好きになった瞬間から彼女と対等なスタートラインに立つことすらできない。

「ごめんね、余計な話しして。帰ろうか。送っていく」

 わたしに視線を戻した佐川店長が、おもむろに立ち上がる。
 既に大切な人がいる店長に、わたしが言えることなんて何もない。仮に気持ちを伝えたとしても、優しい店長のことを無駄に困らせてしまうだけだ。
 報われない想いなんて抱え込んでも無駄なだけなのに、わたしは店長の言葉に流されるように頷いていた。

 奥さんがいる人を好きになるなんて、一番不毛なのに。諦める以外にないのに。
 駅まで送ってくれるという店長の優しさが嬉しくて、甘えたくなる。

 望みのない恋だと自覚したばかりなのに、佐川店長に抱いてしまった恋心が、どうしてもうまく捨てられない。