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 居酒屋のバイトを終えて、一緒に働いていたスタッフ達とともにスタッフルームを出ると、レジ前で片付け作業をしていた佐川店長がにこやかに片手を挙げた。

「お疲れさま。気を付けてな。駅まではみんなで纏まって帰れよ」
「はーい、おつかれさまでーす」

 佐川店長のお決まりの言葉に、バイトスタッフの女の子たちがクスクス笑いながら間延びした返事をする。

 30代手前だと思われる佐川店長は、面倒見が良いけれど、若いわりに口うるさい。
 特に、夜遅くに若い女性スタッフを帰宅させるときは、「ひとりで帰らないように」とか「駅までは纏まって帰れ」とか、保護者や学校の先生並みに注意してくる。
 わたしを含めたバイトスタッフの女の子達は、今夜も佐川店長の言葉を笑って聞き流しながら店を出た。

 バイト先の居酒屋から駅までは徒歩5分。みんなで話しながら歩いていれば、あっという間に辿り着く。

 パスケースを取り出すために改札前でカバンの口を広げたわたしは、そこで初めて忘れ物に気が付いた。

「あれ、スマホ忘れてきたかも」

 ためしにジャケットのポケットやデニムのポケットも探ってみたけれど、やっぱりどこにも見つからない。

「ごめん、先に帰ってて。わたし、店に戻って取ってくる」
「一緒に戻ろうか?」

 すぐに踵を返そうとすると、バイトスタッフの中で一番仲の良いサオリが声をかけてくれた。

「ありがとう、でも平気。店まですぐだし」
「そう? 気を付けてね」
「ありがとう」

 気遣ってくれたサオリに手を振ると、わたしは歩いてきた道を店まで引き返した。