「ときどき『おせっかいだ』って言われてるのは知ってるんだけど、やっぱりスタッフの子たちを遅い時間に帰らせるのは気になっちゃうんだよね。俺の奥さんも、昔、遅い時間に仕事から帰る途中に軽いストーカー被害みたいなのにあったことがあったから、スタッフの子たちのことも必要以上に心配になっちゃう」

 佐川店長が苦笑いしながら、照れくさそうに耳の横を引っ掻く。
 だけどその理由は、わたしが「かっこいい」と褒めたからじゃない。奥さんのことを話してるからだ。

「店長、結婚してたんですか?」

 さっきまでドキドキと浮かれて高鳴っていた胸が、急にぞわぞわと不穏に騒ぎ始めた。

「あぁ、うん。そういえばバイトの子たちにはあんまり話してなかったね。社員さんには知ってる人も多いんだけど」
「でも、指輪、とか……」
「飲食業だから、基本的には付けてないんだよね。結婚式のときに交換したあと、ずっと箱の中で眠ったまま」

 ははっと軽く笑う佐川店長に、わたしは全く笑顔を返せなかった。
 左手に指輪がないくらいで、店長に恋人や奥さんがいないなんて勝手に思い込んでしまったわたしも浅はかだ。そんなの、少し考えてみればわかることだったのに。店長に優しくされて、勘違いして舞い上がってた。

 佐川店長がストーカー男からわたしを庇ってくれたのは、奥さんが昔似たような経験をしたからだったんだ……。
 わたしの恋人のフリをしたときも、帰り道に家の近くまで送ってくれたときも、店長にはわたしに対する恋愛感情や下心なんてなくて。本当に純粋に、店長としてアルバイトスタッフの大学生を心配してくれた。
 ただそれだけのことだったんだ————。

 店長が本当にわたしの彼氏になる可能性なんて、初めから0%だった。
 佐川店長を好きになった瞬間からわたしはもう失恋していて、そのことにすら気付いていなかった。
 何も知らずに店長の気を惹こうとしていた自分が、恥ずかしい。