常に忙しく店内を立ち回っている佐川店長は、お客さんの多いピーク時でも笑顔を絶やさず、スタッフにミスがあっても感情的に怒ったりしない。
今働いている居酒屋は、これまでいくつか経験したバイト先のなかでも働きやすい店だと思っていたけれど。それは全て、店長がバイトスタッフにまでしっかり気を回して働きやすい環境を作ってくれていたからだ。そのことに気付いてしまったわたしの中で、佐川店長に対する恋心は日に日に募っていた。
だけど、同じ空間で週に数回一緒に働いていても、常に忙しい佐川店長とゆっくり言葉を交わすチャンスは少ない。
ときどきすれ違いざまに笑いかけてもらえればいいほうで、このままでは店長との距離は少しも縮まりそうにない。
だから、ひさしぶりに閉店までのシフトに入れた今日は、帰り際に店長に話しかけるチャンスだった。
どうにかしてスタッフルームに入ってきた店長に声をかけらえないかと思って、わざともたもたと帰宅準備をしていたのだけど……。うまくいかないな。
スタッフルームのドアを押さえて、わたしが帰るのを待っている佐川店長をじっと見る。
やっぱり店長にとって、わたしはただの大学生のアルバイトスタッフでしかないのかも。ため息を吐きたいのを我慢して、店長から視線を逸らす。
このままおとなしく、他のバイトスタッフたちと一緒に帰宅しよう。
沈んだ気持ちでサオリのほうに向かおうとすると、スタッフルームのドアを通り過ぎる寸前に、佐川店長が「あっ!」と何か思い出したように声を上げた。