そのとき、ドアが開く音とともに息子のひとりがリビングに駆け込んできた。
 はっとして、わたしは涙を手で拭った。

「ママ―、こうくん、すべりだい、すべれたよ」
 もうすぐ3歳になる次男の光輝がわたしに飛びついてきた。
「おかえり。すごいね、こうくん」
「あれ? どっかいたいの? ママ」
 わたしの涙に気づいた光輝は、心配そうに顔をのぞきこんできた。
 
 わたしは無理やり笑みを作った。
「なんでもないよ。おやつにしよっか。手を洗っておい……」

 でも光輝はごまかされなかった。
 ソファーの上に立ちあがると、小さな手でわたしの頭を撫ではじめた。

「よちよち。いたいのいたいのとんでけえ」
 そして、にっこり笑った。
「もうだいじょぶだよ。こうくん、いたいのいたいのしたからね」
「こうくん……」
 わたしは思わず、日向の匂いのする光輝を抱きしめていた。