その後、一度だけ、彼と話した。
 シド兄は言った。
「前から沙奈絵さんが好きだったんだ」と。
 他の男と結婚する彼女を諦めるために、わたしを好きになろうとしたと。

「なんで? なんでわたしを好きだなんて言ったの?」
 流れでる涙をそのままに、わたしは詰問した。
 しばらくためらった後、彼は言った。

「きみは……彼女とよく似ていたから」

 わたしは彼の頬を平手で打った。
 そして、その場を後にした。



 正月明け、父から彼が辞めたと知らされた。
 
 わたしもそれから長い間、店には近づけなくなった。
 コーヒーも飲めなくなった。
 そして、恋もできなくなった。
 
 失ったものが多すぎた。

 大好きだった場所も、大好きだったコーヒーも、そして、大好きだった従姉も。

 そして、人を信じる気持ちも失ってしまった。