大晦日当日。
 
 家を出る直前まで、仮病を使って行くのをやめようかと思っていた。
 でも、わたしの気のせいかもしれない。
 シド兄が心変わりしたかどうかなんて。
 それに当日になってやっぱり行けないなんて言ったら、父が非常に困ることもわかっていた。
 結局わたしは重い腰を上げ、『オレアンダ』に向かった。
 
 数日前から「寒波が到来する」と天気予報で告げていたとおり、凍える寒さとなった。
 それでも、夜9時にライブが始まると、徐々にお客さんは増え、最終的には予約外の立ち見がでるほどにぎわった。

 次から次へと注文が来る。
 その間に空いた食器を下げ、洗い物をし……
 とにかく目の回るような忙しさで、ゆっくりライブを楽しむ余裕はなかった。
 わたしは誰よりも忙しく働いた。
 そのほうが良かった。
 ステージ上のふたりに注意を向けずにいられたから。

 けれど午後11時半を過ぎたころ、さすがに働きづめで疲れたわたしはコーラを手に壁によりかかった。
 
 ステージでは沙奈絵ちゃんがソロで『アイム・ア・フール・トウ・ウォント・ユー』の弾き語りをしているところだった。

 ノースリーブの黒のオールインワンを身にまとい、味のあるハスキーな声でつぶやくように
 ――あなたを欲しがる、愚かなわたし……
と歌う彼女。

 その目線はあきらかにシド兄を追っていた。

 やめて! そんなふうに見ないで!
 わたしは心のなかで叫んでいた。