以前の彼女は、晴天の日の真昼のように、影というものがまるでない人だった。
 清楚で美しい印象だった。
 でも、今の沙奈絵ちゃんは婚約解消という辛い経験を経たせいで、ほの暗い影に包みこまれてしまった。

 けれど、それは彼女の美しさを損なうものではなく、逆に得体のしれない魅力を(かも)しだしていた。
 同性のわたしでさえ、見つめられるとゾクっとしてしまうほどに。
 まして、異性の目にはどれほど魅力的に映るんだろう。
 シド兄の目にはどれほど……

 押し寄せる不安でわたしの心は潰れそうになる。

 彼女は、カウンターにしどけなく肘をつき、美しくネイルで彩った指で自分の頬を弄びながら、シド兄と会話を楽しんでいる。

 そこは沙奈絵ちゃんの場所じゃない。
 わたしの場所なのに……

 そして、それはその日だけのことではなかった。
 それからは、いつ店に訪れても、シド兄のそばには、当然のように沙奈絵ちゃんがいた。