1時間ほどしてやってきた沙奈絵ちゃんのやつれた姿に、父もわたしも、そしてシド兄も驚いた。
「どうしたんだい」
「おじさん……」
 沙奈絵ちゃんは出迎えた父の胸に飛びこんで、子どもみたいに泣き出した。
「おいおい」
 父は、彼女をなだめながら奥のテーブルに座らせた。
 わたしは隣に座って、ハンカチを差し出した。
「ありがと……」
 そしてシド兄が湯気の立ったココアを、沙奈絵ちゃんの前に置いた。
「どうぞ」
 甘い香りがあたりに漂った。

 まだ少し鼻をぐずぐずさせていたけれど、少し気を取り直したようで、沙奈絵ちゃんはカップに手をかけた。
 そして吐き捨てるように言った。

「婚約解消したの、昨日」

 原因は小坂さんの女性関係。
「同じ会社の、この春入社したばっかりの受付の子とわたしと知り合う前から続いてたらしくて。ここに連れてきた数週間後にわかったの。で、あっちの態度があんまり煮え切らないから、とうとう三行半(みくだりはん)を突きつけてやったのよ」
「真面目そうな男だったのにな」
 父がぼそりとつぶやいた。

「江海ちゃんも気をつけなきゃだめよ。男なんて、口先だけで信用できないんだから」
「うん……そうだね」
 でも心のなかでは、シド兄にかぎってそんなことないけど、とつぶやいていた。