父は大学卒業と同時に、この店を始めた。

 子どもの頃は、こんな駅から遠い、お化け屋敷みたいなおんぼろ小屋に客が来るんだろうかと心配した。

 けれども、我が家の主な収入源はアパートやマンションの家賃で、喫茶店経営は完全に父の道楽だったので儲ける必要はなかった、と後になって知った。
 そのためか、母はノータッチ。
 店にいるところを見た記憶がない。

 ジャズ喫茶を標榜(ひょうぼう)していたわけではなかったが、父は店を始める前からジャズレコードを収集しており、マニア垂涎(すいぜん)のオーディオ機器を備え、店ではいつも、それらをかけていた。

 コレクションのなかには、かなりの稀覯(きこう)盤もあったらしく、それ目当てに訪ねてくるお客さんもあった。
 また、ときおり週末に知人のミュージシャンがセッションすることもあったので、ジャズ好きの間では、割と名の知られた店だった。