ようやく仕事を終え、シド兄は手をぬぐい、サックスのケースをテーブルの上に横たえた。
そして留め金を外し、両手で蓋を持ちあげた。
ちょうど天窓から夕暮れの赤みがかった光が射しこむ時間で、その光がスポットライトのように真鍮製のサックスを照らす。
天からの啓示を受けたように、サックスはにぶい光を放っている。
儀式のような厳粛さで、彼はケースから楽器を取りだし、ストラップを首にかけ、両手をキーに置く。
そして、薄くて引き締まった唇をマウスピースへ。
最初の一音が発せられると、いつでも世界は違った表情を見せはじめる。
すべてが音に支配されてゆく。
彼は目を閉じ、ゆったりと哀感に満ちた美しい曲を奏でた。
わたしも目を閉じ、肘をついて顎を支え、耳元に直接語りかけてくるようなその音色に酔いしれた。
「なんて曲?」
吹き終えた彼に、わたしは尋ねた。
「『ベティブルー』っていう映画の劇中曲。高校生のときに観てさ」
「きれいだけど、なんだか悲しくなる曲」
「そうだな。悲しい映画だった。でも、この映画がきっかけで自分もサックスを吹きたいと思ったんだよ。理由はよくわからないけどね。音楽を仕事にしたいと、切実に思ったんだ」
そして留め金を外し、両手で蓋を持ちあげた。
ちょうど天窓から夕暮れの赤みがかった光が射しこむ時間で、その光がスポットライトのように真鍮製のサックスを照らす。
天からの啓示を受けたように、サックスはにぶい光を放っている。
儀式のような厳粛さで、彼はケースから楽器を取りだし、ストラップを首にかけ、両手をキーに置く。
そして、薄くて引き締まった唇をマウスピースへ。
最初の一音が発せられると、いつでも世界は違った表情を見せはじめる。
すべてが音に支配されてゆく。
彼は目を閉じ、ゆったりと哀感に満ちた美しい曲を奏でた。
わたしも目を閉じ、肘をついて顎を支え、耳元に直接語りかけてくるようなその音色に酔いしれた。
「なんて曲?」
吹き終えた彼に、わたしは尋ねた。
「『ベティブルー』っていう映画の劇中曲。高校生のときに観てさ」
「きれいだけど、なんだか悲しくなる曲」
「そうだな。悲しい映画だった。でも、この映画がきっかけで自分もサックスを吹きたいと思ったんだよ。理由はよくわからないけどね。音楽を仕事にしたいと、切実に思ったんだ」