たぶん、あの日だ。
 あれが境目だった。
 わたしのなかで彼への気持ちがはっきりと変化したのは。

 1学期の終業式の日だったと思う。
 一歩外に出ただけで、背中を汗が伝うような暑い日だった。
 夕方になっても、一向に気温が下がる気配がなかったので、涼みがてら『オレアンダ』に向かった。

 木立に足を踏みいれると、少し湿気を帯びた冷気が火照(ほて)った体を冷やしてくれる。
 簡易避暑地みたいなものだ。
 ただ、大木の数に比例して、アブラゼミの声は暴力的にやかましく、その爆音から逃れようと店へと急いだ。

 冷房の効いた店内で、夏季限定の水出しアイスコーヒーを飲んで一息ついたわたしはシド兄に話しかけた。

「ねえ、今日も楽器持ってる?」
「ああ」
「聞きたい!」
「後でな」
「えー、今すぐがいい。だって、お客さん来るかもしれないし」