ある夏の夕暮れ時――電車の中で、三人の女子高校生がこんなおしゃべりをしていた。
「初対面の人になんか懐かしいなって感じたとき、その人はいつか生涯を共にする運命の人である確率が大なんだって。そういう人とは必ずどこかで会ったことがあるらしいよ」
「運命に引き寄せられるってやつか」
「えーそれなら、今の彼氏は運命の人と違うわ。感じなかったもん」
「運命の人との出会いも、生涯を共にする時間も、この世界線とは限らないよ」
「なにそれ。意味わからないんだけど」
「だからね、この世には、目視できていないだけで、隣接したいくつもの並行世界があるっていう考え方。そのいくつもの世界線を超えて、どこかの世界で出会っているかもしれないし、これから出会うかもしれないってこと」
「並行世界……パラレルワールドだっけ? なんかのSF映画に影響されでもした? おもしろいけどさー現実的にはありえないでしょ」
「そう? 私はあると思うなぁ。仮に、限りなくゼロに近いとしても、そういう考え方ってすごくロマンチックじゃない?」
話題を振った女の子の幸せそうな笑顔を見ると、限りなくゼロに近いとしても、まったくのゼロではないかもしれない、と私は思った。
彼女が話をしているのは、私も観たことがある映画の内容だったからすぐにわかった。電車の向こう側にいる人と目があった瞬間、それがスイッチになり、向こう側の世界線に移動するというストーリーで、別の世界線の人との恋愛がはじまるというもの。
そんな話を聞いたあとだったからか、電車が駅に到着したとき、私は隣のホームに到着していた電車へと、ふと目をやった。
通り過ぎていく特急電車、すれ違う対向列車、行き先の違うそれぞれの線路をゆく電車が、彼女の言う〝世界線〟と呼べるものだとしたら。
電車がすれ違う一瞬、その向こう側にいる人に運命を感じたら?
その電車に乗っている彼がこちらの世界線にやってくることができたら?
あるいは、私が向こうにいる彼のもとへ行けたなら。
かつて昔の人がおとぎ話のお姫様に憧れたように、かつての遠い未来にいる私たちの憧れも実はそんなに変わらない。少しずつ現代的な思考に変化してきているだけで、みんな自分だけの王子様を探している。
たとえば、顔も声も忘れてしまったけれど、幼い頃、綺(き)麗(れい)な白い花びらの、スノードロップの花をくれたあの男の子みたいな素敵な人が。
困っていた私に、 優しいブルーの青空みたいなハンカチを差し出してくれた素敵な人が。
雨に打たれていた絶望の日に、カラフルな水玉の傘をくれた素敵な人が。
そんなふうに、いつか王子様が――と、願うのだ。
いつか別の世界から来た誰かが連れ出してくれるかもしれない。深夜零時に迎えに来てくれるかもしれない。
待ちきれなくて、そのうち私の方から駆け出してその手を取って別の世界に行ってしまうかも。
そう考えたら、とてもドキドキして、わくわくした。
現実に希望を持てないでいる自分にとって、救いになる考え方だと思ったのだ。
励まされた気分になって、名前も知らない彼女にありがとう、と心の中で御礼を言う。
それから数年後、〝今〟になって私はそのおしゃべりの内容を思い出していた。
もし、そうだとしたら――。
今、愛(いと)しいと感じているあの人とも、別の世界線のどこかで会っていたのだろうか。
あの人こそが、私の王子様なのではないか、と――。
「初対面の人になんか懐かしいなって感じたとき、その人はいつか生涯を共にする運命の人である確率が大なんだって。そういう人とは必ずどこかで会ったことがあるらしいよ」
「運命に引き寄せられるってやつか」
「えーそれなら、今の彼氏は運命の人と違うわ。感じなかったもん」
「運命の人との出会いも、生涯を共にする時間も、この世界線とは限らないよ」
「なにそれ。意味わからないんだけど」
「だからね、この世には、目視できていないだけで、隣接したいくつもの並行世界があるっていう考え方。そのいくつもの世界線を超えて、どこかの世界で出会っているかもしれないし、これから出会うかもしれないってこと」
「並行世界……パラレルワールドだっけ? なんかのSF映画に影響されでもした? おもしろいけどさー現実的にはありえないでしょ」
「そう? 私はあると思うなぁ。仮に、限りなくゼロに近いとしても、そういう考え方ってすごくロマンチックじゃない?」
話題を振った女の子の幸せそうな笑顔を見ると、限りなくゼロに近いとしても、まったくのゼロではないかもしれない、と私は思った。
彼女が話をしているのは、私も観たことがある映画の内容だったからすぐにわかった。電車の向こう側にいる人と目があった瞬間、それがスイッチになり、向こう側の世界線に移動するというストーリーで、別の世界線の人との恋愛がはじまるというもの。
そんな話を聞いたあとだったからか、電車が駅に到着したとき、私は隣のホームに到着していた電車へと、ふと目をやった。
通り過ぎていく特急電車、すれ違う対向列車、行き先の違うそれぞれの線路をゆく電車が、彼女の言う〝世界線〟と呼べるものだとしたら。
電車がすれ違う一瞬、その向こう側にいる人に運命を感じたら?
その電車に乗っている彼がこちらの世界線にやってくることができたら?
あるいは、私が向こうにいる彼のもとへ行けたなら。
かつて昔の人がおとぎ話のお姫様に憧れたように、かつての遠い未来にいる私たちの憧れも実はそんなに変わらない。少しずつ現代的な思考に変化してきているだけで、みんな自分だけの王子様を探している。
たとえば、顔も声も忘れてしまったけれど、幼い頃、綺(き)麗(れい)な白い花びらの、スノードロップの花をくれたあの男の子みたいな素敵な人が。
困っていた私に、 優しいブルーの青空みたいなハンカチを差し出してくれた素敵な人が。
雨に打たれていた絶望の日に、カラフルな水玉の傘をくれた素敵な人が。
そんなふうに、いつか王子様が――と、願うのだ。
いつか別の世界から来た誰かが連れ出してくれるかもしれない。深夜零時に迎えに来てくれるかもしれない。
待ちきれなくて、そのうち私の方から駆け出してその手を取って別の世界に行ってしまうかも。
そう考えたら、とてもドキドキして、わくわくした。
現実に希望を持てないでいる自分にとって、救いになる考え方だと思ったのだ。
励まされた気分になって、名前も知らない彼女にありがとう、と心の中で御礼を言う。
それから数年後、〝今〟になって私はそのおしゃべりの内容を思い出していた。
もし、そうだとしたら――。
今、愛(いと)しいと感じているあの人とも、別の世界線のどこかで会っていたのだろうか。
あの人こそが、私の王子様なのではないか、と――。