「颯人! こっちに面白いものがあるぞ!」
「ライア、あちこち行くな! 迷子になる」
はしゃぎながら駆けるライアの首根っこを、俺は慌てて引っ掴んだ。するとライアは心底不満ですという顔をする。
……こんな人の多いところで迷子になられてたまるか。
今日、俺はライアとデパートの物産展に来ている。
来ている、というか無理やり連れてこられた。
物産展のニュースを見たライアが、行きたいと駄々をこねはじめたのだ。
せっかくの休日にどうして、人の多い場所に出かけねばならん。疲れる、嫌だ。
そう思った俺は何度も断ったのだが、ライアがフローリングに転がって手足をばたつかせはじめたあたりで観念した。
こいつは自分の欲望を、なにがなんでも通す女なのだ。
「ライア。アイスを買ってやるからもう少し大人しくしてろ」
「ほんとか!? 颯人!」
仕方無しに『北海道ミルクアイス』と書かれた店の看板を指差すと、ライアの瞳がぱっと輝いた。こいつは無一文なので、当然俺が金を出すことになる。
……懐が痛い一日になりそうだ。
今日のライアはサキュバスめいた格好ではなく、緑の髪をどうやってか黒に染めて、シャツとショートパンツといういでたちだ。こうしているとふつうの女に見えるのだから、不思議なものである。
俺の好みの範疇ではないものの世間的には『美少女』という部類なのだろう。
周囲からライアへ向けられる視線も、心なしか熱がこもっている。
「アイスうまい!」
……口の周囲にアイスをたくさん付けてはしゃぐ様子は、いつものライアそのものだな。
ハンカチを出して顔の周りを拭いてやり、ついでにアイスが手に垂れていたのでそれも拭く。ああ、俺のハンカチがべとべとだで。あとでトイレで洗わないと……手間のかかるやつめ。
「優しいな! 颯人!」
「うるせぇ」
にぱっと笑うライアの額を拳で軽く小突いて、彼女の服の裾をしっかり持ってから俺は歩き出した。こうしていないと、どこに行くか見当もつかない。
「颯人、手を繋げばいいんじゃないか?」
「お前の手、アイスでべとべとだろ。嫌だ」
「ちぇー」
ライアはそう言うとアイスをひと舐めし……また手に零した。ああ、もう! コーンじゃなくてカップにすれば良かったな。
「なんか食いたいものがあれば、夕飯の材料にするけど」
「本当か!?」
俺の言葉にライアが顔を輝かせる。とうもろこしとか美味そうな野菜もたくさんあるし、たまにはこういうものを使って料理をするのもいいよな。
「じゃあ、蟹!」
「却下」
「じゃあ、雲丹!」
「大却下」
……この悪魔の貪欲さが恐ろしい。俺の財布を殺す気か。
今月は推しキャラのピックアップガチャがあるので、課金しなければならないし……ライアのためにそっちを節約する気はないぞ。
「なんだよーケチ!」
「うるさい。予算三千円以内で、考えて選べ」
十連ガチャ一回分の値段を提示すると、ライアが不服そうな顔をする。
「あと二千円! 三千円だとすぐに終わるぞ!」
「ああもう……」
こんなところで床に転がって駄々をこねられても困るしな……。俺は根負けして、結局五千円の予算を許してしまった。
「じゃあ、蟹」
「それで予算がほどんど終わるが、いいのか?」
「うう。もっと吟味する……」
ライアは怖いくらいに真剣な表情で売り場を見て回る。その顔を見ていると、まるで哲学的な悩みでも抱えているようだ。……実際はすげーしょうもない悩みだけど。
「颯人、これはなんだ?」
「カマンベールチーズだな。中がとろっとしてて美味いぞ」
「これが千円……うう、悩むなぁ」
「試食、ございますよ」
うんうんとライアが唸っていると、年配の女性店員が爪楊枝に刺した試食品を差し出した。
「いいのか!?」
「ええ。食べてから、じっくり吟味してください。彼氏さんもどうぞ」
――彼氏。
その不本意な響きに、俺は顔を引き攣らせながら試食品を受け取った。俺とライアの関係は、どう見積もっても保護者と子供だ。
死んだ魚の目をしながら、カマンベールを口に入れる。うん、これはなかなか。
「颯人! 美味いぞ!」
「ああ、美味いな」
「これ、一個買う! 帰ったらビールくれよ!」
「ああもう、わかったよ」
この悪魔が来てから、我が家のエンゲル係数は上がるばかりである。
会計を済ませるライアを横目に見ていると――
嶺井さんとエルゥさんが、手を繋いで歩いているのが目に入った。
「はーやと。颯人どうしたんだ?」
ライアに何度か声をかけられて、俺はようやく我に返る。
……せっかくの休日に、想い人のデートシーンと遭遇するなんて。
俺は前世で、なにか悪いことでもしたのだろうか。
ライアは俺の視線の先を目で追って、その大きな目を見開いた。めずらしく驚いた表情で、その唇がぽかりと開く。
なんだ、どうしたんだ?
「ご同類? こんな狭い範囲でめずらしいな」
ライアが小さくなにかをつぶやき、それは喧騒に紛れて消えていく。
「どうした、ライア」
「ん? なんでもない! たぶん、勘違い!」
そう言ってライアはにこりと屈託ない笑顔を浮かべた。
「ライア、あちこち行くな! 迷子になる」
はしゃぎながら駆けるライアの首根っこを、俺は慌てて引っ掴んだ。するとライアは心底不満ですという顔をする。
……こんな人の多いところで迷子になられてたまるか。
今日、俺はライアとデパートの物産展に来ている。
来ている、というか無理やり連れてこられた。
物産展のニュースを見たライアが、行きたいと駄々をこねはじめたのだ。
せっかくの休日にどうして、人の多い場所に出かけねばならん。疲れる、嫌だ。
そう思った俺は何度も断ったのだが、ライアがフローリングに転がって手足をばたつかせはじめたあたりで観念した。
こいつは自分の欲望を、なにがなんでも通す女なのだ。
「ライア。アイスを買ってやるからもう少し大人しくしてろ」
「ほんとか!? 颯人!」
仕方無しに『北海道ミルクアイス』と書かれた店の看板を指差すと、ライアの瞳がぱっと輝いた。こいつは無一文なので、当然俺が金を出すことになる。
……懐が痛い一日になりそうだ。
今日のライアはサキュバスめいた格好ではなく、緑の髪をどうやってか黒に染めて、シャツとショートパンツといういでたちだ。こうしているとふつうの女に見えるのだから、不思議なものである。
俺の好みの範疇ではないものの世間的には『美少女』という部類なのだろう。
周囲からライアへ向けられる視線も、心なしか熱がこもっている。
「アイスうまい!」
……口の周囲にアイスをたくさん付けてはしゃぐ様子は、いつものライアそのものだな。
ハンカチを出して顔の周りを拭いてやり、ついでにアイスが手に垂れていたのでそれも拭く。ああ、俺のハンカチがべとべとだで。あとでトイレで洗わないと……手間のかかるやつめ。
「優しいな! 颯人!」
「うるせぇ」
にぱっと笑うライアの額を拳で軽く小突いて、彼女の服の裾をしっかり持ってから俺は歩き出した。こうしていないと、どこに行くか見当もつかない。
「颯人、手を繋げばいいんじゃないか?」
「お前の手、アイスでべとべとだろ。嫌だ」
「ちぇー」
ライアはそう言うとアイスをひと舐めし……また手に零した。ああ、もう! コーンじゃなくてカップにすれば良かったな。
「なんか食いたいものがあれば、夕飯の材料にするけど」
「本当か!?」
俺の言葉にライアが顔を輝かせる。とうもろこしとか美味そうな野菜もたくさんあるし、たまにはこういうものを使って料理をするのもいいよな。
「じゃあ、蟹!」
「却下」
「じゃあ、雲丹!」
「大却下」
……この悪魔の貪欲さが恐ろしい。俺の財布を殺す気か。
今月は推しキャラのピックアップガチャがあるので、課金しなければならないし……ライアのためにそっちを節約する気はないぞ。
「なんだよーケチ!」
「うるさい。予算三千円以内で、考えて選べ」
十連ガチャ一回分の値段を提示すると、ライアが不服そうな顔をする。
「あと二千円! 三千円だとすぐに終わるぞ!」
「ああもう……」
こんなところで床に転がって駄々をこねられても困るしな……。俺は根負けして、結局五千円の予算を許してしまった。
「じゃあ、蟹」
「それで予算がほどんど終わるが、いいのか?」
「うう。もっと吟味する……」
ライアは怖いくらいに真剣な表情で売り場を見て回る。その顔を見ていると、まるで哲学的な悩みでも抱えているようだ。……実際はすげーしょうもない悩みだけど。
「颯人、これはなんだ?」
「カマンベールチーズだな。中がとろっとしてて美味いぞ」
「これが千円……うう、悩むなぁ」
「試食、ございますよ」
うんうんとライアが唸っていると、年配の女性店員が爪楊枝に刺した試食品を差し出した。
「いいのか!?」
「ええ。食べてから、じっくり吟味してください。彼氏さんもどうぞ」
――彼氏。
その不本意な響きに、俺は顔を引き攣らせながら試食品を受け取った。俺とライアの関係は、どう見積もっても保護者と子供だ。
死んだ魚の目をしながら、カマンベールを口に入れる。うん、これはなかなか。
「颯人! 美味いぞ!」
「ああ、美味いな」
「これ、一個買う! 帰ったらビールくれよ!」
「ああもう、わかったよ」
この悪魔が来てから、我が家のエンゲル係数は上がるばかりである。
会計を済ませるライアを横目に見ていると――
嶺井さんとエルゥさんが、手を繋いで歩いているのが目に入った。
「はーやと。颯人どうしたんだ?」
ライアに何度か声をかけられて、俺はようやく我に返る。
……せっかくの休日に、想い人のデートシーンと遭遇するなんて。
俺は前世で、なにか悪いことでもしたのだろうか。
ライアは俺の視線の先を目で追って、その大きな目を見開いた。めずらしく驚いた表情で、その唇がぽかりと開く。
なんだ、どうしたんだ?
「ご同類? こんな狭い範囲でめずらしいな」
ライアが小さくなにかをつぶやき、それは喧騒に紛れて消えていく。
「どうした、ライア」
「ん? なんでもない! たぶん、勘違い!」
そう言ってライアはにこりと屈託ない笑顔を浮かべた。