「わぁ、すごい! 二万円分もあるよ!?」

 帰宅して商品券を渡すと、エルゥはその額を見て歓声を上げた。……なんというか、庶民的な悪魔だな。

「この前、北海道物産展に行こうって話をしたでしょ。その買い物にありがたく使わせてもらおうかなって」
「うんうん、あちらが悪いんだし遠慮する理由もないしねぇ。たくさん美味しいものを買おうね!」

 エルゥはにこにこと笑いながら、商品券をこちらに返す。私はそれを受け取って、財布にしっかりと収めた。
 二万円か……かなりいい蟹が買えちゃうな。
 ある意味体を張って稼いだお金だ。遠慮なく使わせてもらおう。
 未来の蟹のことを想像していると途端にお腹が空いてきた。
 部屋の匂いをすんと嗅ぐと、美味しそうな香りで満たされている。香りに刺激された胃がぐうと鳴り、エルゥにくすりと笑われてしまった。

「エルゥ、今日の晩ご飯は?」
「肉じゃが、味噌汁、茄子の煮浸し、ポテトサラダ。あとは体調回復祝いに、ちょっといいビール。お芋とお芋が被ったのは、ご愛嬌」
「美味しそう。ビールも嬉しいし、お芋は好きだから問題ないよ」

 今日は品数が多い。作るのは手間だっただろうな。
 それと口にするとエルゥは「そんなことないよ」と言って私の頭をぽんと撫でた。

 ……エルゥに、ふだんの恩返しをしたいな。

 お出かけの時に商品券からではなくて、私のポケットマネーでなにかプレゼントしよう。

「用意するから待っててね」

 エルゥはにこっと笑うと蹄の音を立てて台所に向かう。今日はちゃんとジャージを履いていて、ジャージの中がふもふで窮屈そうだ。
 部屋着に着替えてからぽふりとベッドに横になる。そして寝転んだままスマホを握り、物産展のことを検索した。
 蟹、雲丹、ジンギスカン、いくら、鮭……どれも美味しそうなんだけど、エルゥへのプレゼントには向いていない。だって、調理をするのは確実にエルゥだ。
 ファッションアイテム……はエルゥの好みがまったくわからない。

 ……そもそもインキュバスって、なにをプレゼントしたら喜ぶんだ?

 一瞬、『プレゼントはわ・た・し♡』というおぞましい思考が脳裏を過ぎる。
 種族的なことを考えるとそれが一番手っ取り早いのかもしれないけれど、こんな貧相な体でエルゥが喜ぶとは思えない。却下だ、却下。

 いつもお疲れ様ってことで、外食をプレゼントするとか?

 これは、ちょっとありなような。
 スマホに指を滑らせて、物産展が開催されるデパートのレストランフロアに目を走らせる。
 おお、某有名果物店がやってるパフェとパンケーキの店とかあるんだ。美味しそう! パフェひとつで三千円もするけれど、エルゥにふだんやってもらってることを考えると、これでも安い。

「この鉄板焼のお店と梯子にしようかな……」

 A五ランクのお肉を扱う鉄板焼のお店のメニューを確認する。うん、ありだな。コースで七千五百円。まぁまぁいいお値段だけれども、ふだんから節制してるしそこまで痛くはない。
 こうして脳内でシミュレーションをしていると……

「琴子、テーブル出して。それとお皿、取りに来てもらっていい?」

 いつものようにエルゥから声をかけられた。
 起き上がり、テーブルを広げる。そしてエルゥのところに行くと、「はい」と大皿に載った肉じゃがを渡された。ほくほくしていて、見るからに美味しそうだ。

「ちょっと煮崩れしちゃった。ごめんね?」
「ううん。これくらい煮えてるのが好き」
「そっか、そっか」

 エルゥはおっとりとした笑みを浮かべると、冷蔵庫からポテトサラダの入ったお皿を取り出す。いつから準備してくれていたんだろう。品数が多いと準備が大変だよね。

「……エルゥ。ありがとう」
「ん? なにが?」
「ご飯、大変だったやろ?」
「いいや。琴子が喜ぶかなーって想像しながら料理するとね、楽しいことしかないよ」

 そう言いながらの笑顔が大変まぶしくて、とても無垢だ。こういう顔を見ているとコイツは本当に悪魔なんだろうかと、疑わしく思ってしまう。ジャージからにゅっと伸びた蹄が彼が『悪魔』であることを、確実に証明してるんだけど。
 受け取った肉じゃがをテーブルに載せ、ポテサラを受け取りにまた台所へ向かう。それを繰り返しているうちに、食卓は今日もエルゥの手料理で満たされる。

 近頃当たり前の、とても幸せな光景だ。

「はい、琴子」

 食卓に着くと、よく冷えたビールの缶が渡された。
 それはパッケージが可愛いと評判の、某社から発売されているものだった。

「木曜日の犬だ! はじめて飲む!」
「ほろよいエールもあるよ」
「わぁ! たまにはこういうお洒落なビールもいいね」

 他愛ない会話をしながら、ビールをグラスに注ぐ。少し薄めの琥珀色が綺麗で心が踊る。パッケージが可愛いと評判のビールをグラスに注いでしまうのは、なんだか本末転倒な気がするけれど。こればかりは仕方がないのだ。

「お疲れ様、琴子」
「エルゥもお疲れ様。そして、いただきます!」

 カチリとグラスを合わせてビールを口にすると、ふだん飲むビールよりも癖のないさっぱりとした味わいが喉を通り抜けていく。

「美味しいね」
「さっぱりめだね。女性向けって感じかな」

 エルゥはビールを口にしたあとにふんふんと頷いて、ポテトサラダに箸を付ける。
 私も肉じゃがを大皿から取皿に移し、ほくほくと湯気を立てるじゃがいもに箸を通した。よく煮えて飴色になったじゃがいもはほろりと崩れ、白い断面を晒す。それを口に入れると、甘めの味付けの優しい味が口中に沁み渡った。

「……美味しい。今日のビールによく合うね」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。茄子の煮浸しも食べて」
「うん!」
「病み上がりだから、ビールは控えめにね」
「……うん」

 一人で二缶は飲みたかったけれど、エルゥのお許しが出そうにない。
 エルゥと分けながらビールを飲み、お腹いっぱいに美味しいご飯を食べて。満たされたお腹をさすりながら、エルゥの肩にもたれるようにしてテレビを見る。
 テレビに映っているのは、デパ地下スイーツの特集だ。それを見ていると、エルゥと行く北海道物産展のことが思い浮かんだ。

「物産展、楽しみだなぁ」
「そっか……良かった」

 ぽつりと漏れた私の言葉を聞いて、エルゥはなんだか嬉しそうに笑った。