炭で熱された網の上に、エルゥがお肉や野菜を手早く乗せていく。
 ジューッという小気味のいい音のあとに香ばしい香りが周囲に漂い、私の食欲を激しく刺激した。
 ……お腹、空いたなぁ。

「エルゥ君は、料理の手際がいいんやねぇ」

 もうすでにビールを片手に持った社長が、ほろ酔い加減でエルゥに話しかけた。

「料理は好きなんです。ね、琴子」
「……毎日、作ってもらってます」

 エルゥにウインクされながら言われて、私はビールの蓋を開けつつそう答える。

「ええー! エルゥさんに毎日作らせてるんですか!」

 更紗ちゃんから桃色の声音の非難が上がる。美里さんが「なにを言ってるのよ」とそれを嗜めるけれど、更紗ちゃんは止まる様子がない。

「私だったら、毎日作ってあげるのに!」
「んー、僕が琴子に尽くしたくて作ってるだけだから。作ることができて、むしろ嬉しいかな。琴子を愛しているからね」

 ――『猫として』。
 私はエルゥのセリフの終わりに、心の中でその一言を付け加えた。

 ……しかし、『愛している』ときたか。

 今日のエルゥはあまりにも私の恋人然とした態度だ。そんな態度をされてしまうと……さすがに落ち着かない気持ちになってしまう。ダメだ琴子、気を引き締めろ。

「……愛」

 さすがの更紗ちゃんもエルゥの言葉に絶句した。隣りにいた井上君は「……フランス人こわ。いや、負けねぇ」とつぶやいている。……負けないってなんだろう。

「琴子に尽くして尽くして、健康にするのが僕の役目。琴子、焼けたよ」

 紙皿に乗せたお肉と野菜を渡され、上から焼き肉のタレをとぷりとかけられる。
 エルゥは私の手にあるビールを一瞥すると「あまり飲み過ぎちゃダメだよ」と、眉尻を少し下げながら言った。

「……お肉、焼いてくれてありがとう」
「どういたしまして」

 いつものやり取りなのに、なんだか今日は面映い。
 私はそそくさとテントの内側に敷いたレジャーシートに座ると、お肉を口にする。

「あつっ」

 ――そして、熱々のお肉に舌を焼かれた。

「琴子、慌てないで食べて」

 自分の分のお肉も手にして、エルゥがこちらにやって来る。そして私の隣に腰を下ろした。

「いつも早食い気味だし、ちゃんとゆっくり噛んで」
「ん……」

 言われた通りに、お肉をゆっくりと噛みしめる。お肉はちょうどいい焼き加減で、濃厚な肉汁がじわりと口内に満ちた。
 脂身が少なめのお肉は、私の好みの味だ。夢中になって二枚、三枚と食べて、最後にビールをキュッと飲む。
 これは井上君と選んだあの新商品だ。うん、夏らしく爽やかな風味が美味しいな!

「美味しい……!」

 夏の青空の下で飲むビールは最高だ。開放感と暑さの分だけ、ビールが美味しくなったように感じる。

「良かったねぇ、琴子。あ、おにぎり食べる?」
「食べる!」

 エルゥは私の返事を聞くと、バッグからかなり大きなタッパーを取り出した。蓋を開けると、その中にはおにぎりがぎっしり詰まっている。

「ゆかりと、鮭と、おかかのおにぎりだよ」

 おにぎりの種類を説明を聞いて、私はごくりと喉を鳴らした。
 私はおにぎりが好きだ。特にゆかりのおにぎりが好きだ。
 そっと手を伸ばして、ゆかりのおにぎりを手中に収める。そしてエルゥが渡してくれた海苔を巻いてから、大口を開けてかぶりついた。

「ん……まっ!」

 ほろりとお米が口の中で崩れる。エルゥの握り方が上手だからか、米粒は圧縮されておらずとてもふわふわだ。ゆかりの爽やかな香りがふわりと香り、海苔の風味が味を引き立てる。

「エルゥ、美味しい!」
「ふふ、よかったねぇ」

 私を見つめるエルゥの瞳は、いつものように慈愛に満ちている。

「なに、おにぎりがあると?」

 お肉をお皿にこんもり盛って、江村さん一家がテントにやって来た。エルゥはにっこりと笑って、おにぎりの入ったタッパーを差し出す。

「一人二、三個ずつはあると思います。よければどうぞ」
「えっ、なに! エルゥ君が握ったと?」
「はい、そうです」
「えっ、すご。幸治、聞いた!?」

 江村さんは幸治さんの肩をバンバンと強めに叩く。しかし幸治さんはびくともしない。

「聞いとるよ。本当にもらってよかと?」
「どうぞ。あまっても困ってしまいますし。社長さんたちにも……」
「じゃ、俺が社長たちに渡してくる。嶺井さんたちはゆっくりしときなよ」

 幸治さんはそう言うと、社長一家と井上君におにぎりを持って行ってくれる。江村さんはレジャーシートに腰を下ろし、双子にお肉を食べさせはじめた。
 ……しかし全員分って、おにぎりが三十個近くはあるってことだよなぁ。それって、結構な労力だ。
 私はもっと――エルゥに感謝しなきゃいけないのかも。
 ……エルゥの肩にこつりと頭を寄せる。私からエルゥに自発的に触れたことは、今までない。キスは不可抗力なのでノーカウントだ。
 私のめずらしい行動に、エルゥは少し驚いた顔をした。

「どうしたの? 琴子」
「……エルゥにもっと感謝しないとなって。その、ありがとう」

 お礼は伝えたものの恥ずかしくなって、私は思わず顔を伏せてしまった。

「ふふ、急にどうしたの。気にしないでいいのに」

 大きな手で、頭を優しく撫でられる。その感触が心地よくて、私はつい……猫みたいに手のひらに頭を擦り寄せていた。

「……子猫が懐いた」

 エルゥは青の瞳を細めて、嬉しそうにそう言った。