「……いいなぁ、仲良し」

 買い物が終わってもふらふらしていたのでエルゥにもたれて歩いていると、背後から江村さんのどこか羨ましがるような声が聞こえた。そして幸治さんの「うちも仲はいいだろうが」という少し拗ねるような声も。
 江村さん、違うんです。これはエルゥが精気を欲しがったせいなんです。

「琴子、大丈夫?」

 小声でエルゥが訊ねてくる。私は腕にもたれかかったままで、エルゥを上目遣いに睨みつけた。すると額にキスが降ってくる。
 ……今日のエルゥは、接触が多すぎる!

「エルゥの、ばか」

 罵倒する言葉は上手くまとまらなくて、そんな稚拙な言葉しか零せない。エルゥはそれを訊いてくすりと笑うと「ごめんね」と朗らかに言った。

 バーベキュー場までは、スーパー近くの駐車場から徒歩だ。
 青い空、大きな入道雲。アスファルトから反射される熱や、騒がしい蝉の声。そのすべてが夏を強く感じさせる。同じくバーベキュー場に向かうのだろう家族連れも多く、子どもたちの元気な声や足音が隣を駆けて行く。

「……暑い」

 体からは汗がしたたり、紺色のワンピースにじわりと染みを作る。汗みずくの体でくっついているのが恥ずかしくなってエルゥから離れようとすると、腕を引っ張り引き止められてしまった。

「エルゥ……」
「まだ体、つらいでしょ? はい、お茶」

 やつは汗一つ見せない涼し気な表情で、ステンレス製の水筒を差し出してくる。私はそれを受け取ってから、こくりと数口飲んだ。中身は爽やかな味のレモネードだ。これはエルゥの手作りだろうか。甘酸っぱい美味しさが、乾いた喉によく沁みる。

「……冷たい」
「ふふ。よかったね」
「……美味しい」
「そっか。お茶もあるから、欲しい時に言ってね」

 私は頷くとまたレモネードを口にした。いつの間にこんなものを作ったんだろうなぁ。うちの台所は、すっかりエルゥのテリトリーになっている。

「ほら、見えてきたよ」

 社長の声を聞いて顔を上げると、緑あふれる川沿いにあるバーベキュー場が少し遠くに見えた。家族連れ、学生、あれは私たちと同じ会社の集まりかな。さまざまな集団が、バーベキューを楽しんでいるようだ。

「着いたら道具をレンタルするから。井上君と江村さんの旦那さん、一緒に運んでもらってよか?」
「いいっすよ。結構重いですしね」
「……わかりました」
「僕も運びましょうか? こう見えて力持ちなんで」

 社長たちの会話に、エルゥがするりと入った。

「じゃ、じゃあ手伝ってもらってよか?」

 エルゥの存在にある程度慣れたらしい社長が、少しおどおどしつつもそう答える。

「私も手伝う!」

 更紗ちゃんもすかさず手を上げてから、エルゥの腕にもたれかかったままの私をキッと睨みつけた。美里さんが娘をやんわりとたしなめるけれど、更紗ちゃんはツンと顔を逸してしまう。……なんとも面倒だなぁ。

「スーパーでのアレを見て、まだ手を出そうとするなんて。あの子も諦めが悪か子やね」

 江村さんがぼそりとつぶやく。それを聞いて、私の顔は真っ赤になった。

 バーベキュー場に着いた私たちは受付を済ませて、バーベキュー用の道具を借りた。江村さんの幸治さんが軽々とバーベキューコンロを持ち上げ、エルゥも箱に入った木炭を運ぶ。更紗ちゃんは細々とした軽めのものを手にしながら、エルゥにまとわりついている。社長と井上君が運んでいるのは、小さな日除け用のテントかな。たしかタープテントと言うんだっけ。
 指定された区画に荷物を置き、江村さんご夫妻と一緒にテントを設置してから、私はふーっと息を吐いた。

「暑いよね、大丈夫?」

 水筒から再びレモネードを飲んでいる私に、心配そうに声をかけてきたのは井上君だ。

「大丈夫。テントがあると、外でも涼しいね。それに川の側だし」
「……でも、熱中症とか心配だから。これ」

 そう言って彼が渡してきたのは、飴だった。白い清潔感のあるパッケージの表面には『塩飴』と書いてある。

「……塩飴?」
「熱中症って水分不足だけじゃなくて、汗と一緒にミネラルが流れるのも原因だから。それ、舐めとくと少しでも対策になると思う」

 井上君は目を少し逸しながら言う。思い返してみれば、彼と目が合った記憶なんて数えるほどしかないかもしれない。

「ありがとう」

 お礼を言って飴を口にする。すると甘じょっぱい味が口中に満ちた。うん、たしかにこれは塩飴だ。

「……あれ、いいの?」

 井上君が指したのは、エルゥと更紗ちゃんだ。社長夫妻とバーベキューの準備をしているエルゥに、更紗ちゃんはふわふわとまとわりついたままだ。スーパーで江村さんにも、似たようなことを訊かれたなぁ。

「んー。エルゥは、大丈夫だと思うから」

 だってエルゥはインキュバスだから。女の子の扱いには慣れているし、そうそうおかしなことにはならないだろう。

「……信頼してるんだ」

 井上君はなぜか寂しそうに言う。信頼……ある意味では、そうなのかも。
 私の視線を感じたのか、エルゥがこちらに顔を向ける。綺麗な金髪がふわりと風に揺れ、陽に照らされた白皙は奇跡みたいに綺麗だ。
 エルゥはにっこりと笑うと、こちらに手を振った。
 暑さでぐずっている双子を見ていた江村さんが、黄色い悲鳴を上げる。そんな江村さんを、幸治さんが唇を尖らせながら小さく小突いた。

「……ほんと、憎らしいくらいに美形だな」

 眉間に深い皺を寄せて、ぼそりと井上君がつぶやく。

「それは、同意する。肌とか私よりも綺麗やもん」

 私がそう返すと、井上君は少し目を丸くしたあとに小さく吹き出した。