「なんか、ピンクだか赤だかのハート形のお皿をセットにしてあげたんだって? メッセージに『結婚おめでとうございます。これからもずっと仲の良いお友達でいてください。側に居たいです』みたいなのつけて」

 わたしの頬が赤くなる。どうして、それを三浦君が知っているの。わたしの動揺を感じた三浦君はもう一度ため息を吐いた。

「悟はさ、いまほんとに頭の中が幸せオーラピンク色に染まっているから、ハート形の皿見ても、俺たちの仲を祝福してくれてありがとう、くらいにしか思わなかったみたいだけどな。奥さんの方が先におまえからのプレゼントを開けたみたいで、メッセージカードに気が付いてしばらくモヤモヤしたみたいだよ」

「ど、どうして奥さんが開けるの」

 できれば椎名君に開けてほしかったのに。奥さんてば旦那さん宛てのプレゼントを勝手に開けるなんて厚かましいにもほどがあるんじゃないの。

「そりゃ悟が家に帰って嬉しそうにこれ貰ったって奥さんに渡したからだろ。籍だけ先に入れてとっくに一緒に暮らし始めていたわけだし」
 三浦君は肩をすくめた。

「で、モヤモヤした思いを奥さんは悟に打ち明けて、俺に相談が回ってきたわけ。結婚式の二次会の幹事もやっていたし。で、会社関係と親戚以外は悟の方の招待者は全員男になったわけ。本当は川瀬を二次会に招待するのも迷ったんだけど」

 わたしの体が熱くなる。どうして、迷うことがあるのか。わたしはずっとずっと、奥さんよりも長い間椎名君の隣に居たのに。

「川瀬だけ呼ばないのも、この面子じゃ不自然だし、まあそこは俺らがフォローするからって。本当はおまえが用事かなんかで欠席してくれるのが一番良かったんだけど」

 そう言って彼は嘆息した。
 わたしは、頭の中が真っ白だった。

 どうして。どうしてわたしの贈り物を邪魔物のように扱うの。わたしの想いを込めたメッセージをどうして奥さんが先に読むの。見つけるの。どうして椎名君はわたしからの贈り物を、中身の確認せずに奥さんに渡しちゃうの。どうして、が頭の中をぐるぐると回る。

「それでさ、川瀬は何がしたいの? そんなドレス着て。新婦側の友人にも失礼だし、俺たちにとってもいい恥だよ。常識もないのか、って」

「これはだって、真っ白じゃないもの」
「色の名前の問題じゃないんだよ。結婚式ってさ、女性にとっては人生の晴れ舞台だろ。二次会だってそれは同じで、川瀬はそんな奥さんの想いを踏みにじっているんだよ」

 どうしてそれが分からないの、と彼は続けた。
 わたしはぎゅっとスカートの布を握りしめる。
 椎名君の結婚相手はどんな子だろう、純粋に知りたかった。飲み会の席で、彼はスマートフォンに入っている写真を見せてくれた。そこに映っていたツーショット写真は。

 本当に普通の子だった。どこかの雑誌のモデルみたいな可愛い子でもなく、どちらかというと目立たない部類の子。わたしと同じ、クラスの中でいうとその他大勢の枠に入るような子だった。

 どうしてあんな子が椎名君の隣で幸せそうに笑っているの。わたしみたいに冴えない子の癖に。どうして椎名君はあなたを見つけたの。そこに立つのは本当はわたしだったはずなのに。
 最後の最後に、やっぱり川瀬しかいないよ、って言ってもらえるはずだったのに。だからずっと彼の隣をキープしてきたのに。

 なのに、彼は仕事中に知り合ったグループ会社の、それも八歳も年下の女に獲られた。やっぱ男って若い方に行くよね~、って飲み会が解散した時に同性の友人のうちの一人が冷めた声で呟いた。

 だって、わたしはもう三十三で。社会に出てまだ二年、三年しか経っていない子には太刀打ちできない。若さだけで椎名君を魅了した奥さんに嫉妬した。

「わたしだって……ずっと、椎名君のこと見てきたのに」

 いつの間にかぽろりと本音が出ていた。
 涙は出てこなかった。それはきっと心の中ですでに流しつくしたから。心に形があるのなら、わたしの心の中は涙で溢れていて、ぽたぽたと下に落ちて水たまりをつくった。その水が枯れ果てて。いまのわたしの胸の奥は日照りのダムのように乾いている。

「だったら、もっと前に告っとけばよかったんだろ。実際行動していたやつだっていたわけだし」
「そんなことして、彼の友達の座を失いたくなかった」

 その場の雰囲気で告白をして、もしも拒絶をされたら。もう隣で笑うことはできないし、気まずくてグループの集まりに顔を出すことだってできない。

「だからって今更、その行き場のない想いを爆発させるなよ。よりによって今日、にさ」
「……わからなかったんだよ」

 唐突に口から言葉がでた。出そうとは思っていなかった。壊れた蓄音機のように、わたしは勝手に言葉を紡いでいく。

「どうしてわたしじゃないの。若い女に椎名君獲られて。どうして隣にいるのがわたしじゃないんだろうって。だって、わたしはずっと椎名君の側に居て、彼のことよくわかっていたのに。どうして椎名君はわたしを選んでくれなかったんだろうって」

「それで、その服装かよ」
「だって。一緒に写真を撮りたかったの」

 素敵なワンピースをネット通販で見つけた。レース地のスカートはタックが入っていてふんわり揺れて可愛らしい。これを着たわたしを椎名君に見てもらいたかった。

「椎名はさ。若いから奥さんを、唯花さんを好きになったわけじゃないよ」

 そう言って三浦君はスマートフォンを取り出した。片手で操作をして録画した映像を映し出す。披露宴の風景だった。少し荒い画像が視界に飛び込んできた。

『――唯花ちゃんはよく、どうしてわたしみたいななんの取り柄もない子を、なんて謙遜するけれど、唯花ちゃんの仕事に対する真面目な態度や見やすく工夫をしながら資料を作っている姿勢を見て、どんどん惹かれていきました。誰に対しても誠実なところや、ふとした時に見せてくれるはにかんだ笑顔が大好きです』

 椎名君が新婦に宛てた手紙を朗読する光景。彼の声が、心地の良い音楽のような声がわたしの耳に届く。
 三浦君がもう一度スマートフォンを操作して今度は司会者が新郎新婦を紹介するビデオコーナーになった。

『新郎の、新婦唯花さんへの第一印象は「天使」だったそうです。悟さんはなんとか唯花さんとの距離を縮めたくて足繁く品川の彼女のオフィスに足を運んだとのことで―』女性のナレーションに合わせて会場の一角から笑い声が上がる。きっと、二人を知る共通の、おそらくは会社関係者のテーブルからだろう。

 私の知らない、披露宴の光景。わたしは目を大きく開けて知らない椎名君を見つめ続けた。

「俺も二次会の幹事の関係で、悟とも唯花さんとも何度か打ち合わせしたけどさ。とにかくもう悟は目の中に入れても痛くないほど唯花さんのこと愛してるんだよ」

 わたしは黙ったまま彼の言葉を聞き流す。そういうことが聞きたいんじゃなかったのに。男は本当に空気が読めなくて困る。

 わたしはふらりと立ち上がった。

「おい」
 三浦君も続けて立ち上がる。
「部屋に戻る」

 ホテル内のエレベーターに向かうわたしを三浦君が追いかけてくる。

「川瀬、今日ここに泊まるのか?」
「うん。夜遅くなるなら泊った方が便利かと思って」