男は重たそうな麻袋を持っていて、それを手にテーブルの前まで近づいた。


袋をテーブルの上に投げるように奥と、蘭へと向き直った。


蘭は小さく悲鳴を上げて目に涙を浮かべた。


これから起こることを想像して恐怖で表情が引きつっている。


男は蘭の前に移動すると、ポケットから何かを取り出した。


それを見た蘭はまた小さく悲鳴を上げる。


男が持っていたのは蘭の保険証だったのだ。


それを男が持っているということは、男は蘭の私物をすべて没収しているということになる。


そして身元はすべてバレているということも。


「平野蘭」


男がマスクの下でくぐもった声を出す。


男に名前を呼ばれた瞬間蘭の全身に鳥肌が立った。


男の声は誰もよせつけない、トゲのあるものに感じられた。


同時にとても冷たくて、どこか悲しさを感じる声。


どうであれ、今の蘭にはその声が鬼や悪魔と同等のものに聞こえたに違いない。