彰はもう何かを言う気力もなくなって、後はただおいしそうなカレーの匂いに惑わされるだけだった。


そう言えば今日はまだなにも食べていない。


最後の晩餐は昨日の内に済ませたし、今朝のうちに死ぬつもりでいた。


それが台無しになって死ぬ気力までなくなってしまった。


そうなると不思議とお腹が空いてくる。


今朝まで死ぬ気でいたのに、今は生きるための欲求が沸いてきているのだ。


「カレー、食べますか?」


蘭に聞かれて返事をする前にお腹が鳴った。


恥ずかしいと感じる前に蘭は微笑み、炊飯器の前に立った。


「早炊きにしますから、30分くらいで食べられますよ」


「あぁ」


返事をしたものの、彰には早炊きというものがなんなのかわからなかった。


米は予約もなにもせず、ただスタートボタンを押すだけだったからだ。


米が炊けるまでの間、彰は家中を確認していた。


和室も風呂場もきれいになっている。


蓄積された匂いは完全には取れていないけれど、それでも随分と清清しい空間へと変わっている。


和室にある一枚板のテーブルにはゴミかどうか判断しかねたものまで、ちゃんと置かれていた。