「蘭?」


「違うの、お母さん」


「違うって、なにが?」


母親が首をかしげる。


蘭はまた下唇をかみ締めた。


「あたし、逃げてきたわけじゃない。朝になったら彰さんがいなくて、それで探してたの」


「探す? 蘭が、あの男を?」


母親は眉間にシワを寄せ、蘭をマジマジと見つめている。


「彰さんに会いたいの。このままじゃもう二度と会えなくなるから」


必死に訴えた。


これが自分の本当に気持ちだから。


母親ならきっと理解してくれる。


そう、思ったけれど……。


「可愛そうに蘭。あの男に洗脳されているのね」


両手で蘭の手を包み込むようにして言われて、蘭は愕然とした。


「洗脳なんてされてない! お母さんだって知ってるでしょ。あたしが誰かを好きになったら周りが見えなくなっちゃうの」


「それは知ってる。だけど今回は違うでしょう? ストックホルム症候群って言ってね、犯人に恋をしてしまう病気があるの。なぜだかわかる? 自分に危害を加えられたくないから、媚を売るようになるのよ。それが恋愛感情に発展してしまうこともある」


母親の説明を、蘭は必死で首を振って否定した。


「違う。違うのお母さん。あたしと彰さんはもっと前から会ってるの。それは、あたしが彰さんに付きまとっていたことが原因なの」


ストックホルム症候群なんかじゃない。


自分の愛は本物だ。