階段じゃないのは、父が病弱な僕のために車椅子でも移動がしやすいように、と考えてバリアフリー仕様にしてくれたからだ。でも、僕が実際にこの家で車椅子を使ったことは今まで一度もない。寧ろ、母が買い物に行ったとき、キャスター付きの買い物バッグを引いて食材などを運ぶ際に重宝しているようだ。
「オオ、エディ。おかえりなさいネ」
「ただいま、母さん」
「今日はオカアサン、ハンバーグ作りマシタ」
「ああ、ありがとう」
 フランスから父と駆け落ち同然で嫁いできた母は、有名な音楽一家で元プロのハープ奏者として活躍していた。父が失恋したての頃、一人でフランスを訪れたまたま入ったレストランでリサイタル中の母に一目惚れし、そのまま連れてきてしまったという逸話はフランスでちょっとしたニュースにもなったらしい。右も左も言葉もわからなかった母は日本に住んで20年以上経つが、未だに日本語がうまく話せない。
「エディ。オトウサン、もえる」
「え?」
「オトウサン、もえる」