梨歩の病室に戻り、私は梨歩の枕元にあるキャビネットの上に花瓶を置く。
「ねえ、若葉」
「何?」
「あたし、そろそろ髪染め直したくてさぁ……」
 梨歩は手鏡を覗きながら髪の生え際ぎわを気にする仕草をする。
「あぁ、入院し始めてからずっとそのままだっけ?」
「うん、染めた色が色だから地毛が目立っちゃって。せめて根元の方だけでも何とかならないかなぁ。伸びてきたから本当は切りにも行きたいんだけど。市販のカラーはイマイチ信用できなくて。というか、思い通りの色にならないうえに、傷むから嫌なんだよね」
 もともと色素が薄い梨歩の髪。 
 そういえば、中学時代に質たちの悪い先輩や規則にうるさい先生にしょっちゅう捕まっていたっけ。それでも梨歩はいつも堂々としていて、
「結局のところ、あたしの地毛の色が悪いのか染髪行為が悪いのかどっち? そこんとこはっきりしてくれない?」などと反論し、歯に衣着せぬ物言いで生徒指導に対抗した。最終的に先生が言葉に詰まったところで一蹴。「説明できないってことは、そもそも大した問題じゃないってことじゃん」と。先輩に対しても同様で、物怖ものおじするどころか「先輩、昨日美容院でお会いしましたね。カラーリングの調子はいかがですか?」と切り返したり。しかも、わざと先生のいる前で言うという徹底ぶりだ。必殺・“ああ言われればこう言ってやろう作戦”は、私の想像以上に効果覿面てきめんだった。そして、大抵そこで諦めて誰も何も言わなくなってしまう。梨歩に口で勝とうなんて、絶対に思わない方がいい。