今日は、待ちに待った「春のローズフェスティバル」開催初日。今年のメインは、”青い薔薇の園”で、初日と最終日に夜の薔薇園が開放される。それをかわきりに、今日は青い薔薇の園で野外ステージが開催される。
「ああ、久々のシャバの空気はおいしいわねぇ」
「何よ、その元囚人みたいな発言は」
「えー、入院生活だって牢獄みたいなもんよ。あたしにとっては」
病院から一時的に外出許可をもらえた梨歩は、この上なくご満悦の様子。それもそのはず。何と今日は、梨歩の憧れのアーティスト、EDENがこの野外イベントのステージにやってくるというのだ。
「だってだってね! あのEDENだよ? 正体不明で貫いてきたあのEDENが。今日はその全貌が明らかになる記念すべき日なのよ。ああ、生きててよかった~!」
「本当にね。一時はどうなることかと思ったけど」
「なかなかスリリングな臨死体験だったわ」
「私も別の意味で生きた心地がしなかったわよ」
梨歩の危篤――。エディさんとの初デートの日が、まさかこうなるなんて思ってもみなかった。しかも、二人は顔見知りで同じ入院仲間だったなんて。
「ごめんって。それに、涼ちゃんにも……きちんと報告したかったしね」
梨歩の彼氏の涼平さん。亡くなっていたことを知って、私もびっくりだった。先月の梨歩の誕生日にもプレゼントを贈っていたし、忙しくて会いに行けずごめんって連絡もあったみたいだったから。
涼平さんのお姉さんが、代わりに色々やっていたようで、梨歩の誕生日が悲しいものにならないようにっていう涼平さんの気遣いからなのか、もし誕生日までに亡くなってしまった場合は、誕生日が過ぎるまで自分の死を悟られないようにしてほしいとかなり強く念を押されていたとか。
お姉さんも相当心苦しかったと思う。さっき涼平さんの実家に行ってお仏壇に手を合わさせてもらったあと、お墓にも行ってきた。
「馬鹿な弟でごめんなさい」「あなたをずっと騙してごめんなさい」って、梨歩に会った途端お姉さんの律子さんはボロボロ泣き出しちゃって。
「できれば涼ちゃんと……一緒に来たかったな」
梨歩はそう呟くと、律子さんに言った。
「涼ちゃん、お姉さんの事……すごく信頼してたんですね」
「……え?」
「だって、お姉さんの協力がなければあたし……後追いするかショック死してたかもしれない。そのことまで想定して、あの涼ちゃんが……ここまで徹底的にやるなんて思わなかったから」
「でも……結局あなたを酷く悲しませてしまった。私は『そんな馬鹿なことやめやぁて』って言ったんやけどね、どうしても聞かんくて。弟可愛さに引き受けてまったの。でも、本当言うと……あん時の涼平が怖かったんやわ。『何があってもバラすな。親父やお袋にも』ってかなり念押されて。あんな涼平見たの初めてやったから。あなたのこと、話には聞いとったんやけど……本当に大切に思っとったみたいやね」
律子さんは梨歩に小さな箱を渡した。
「え、これって……」
「渡していいか迷ったんやけどね、涼平の思いのすべてがそこに詰まっとるみたいやから」
梨歩が箱を開けると……。
「嘘……」
ーーMarry meーー
「何で……」
一粒ダイヤモンドのエンゲージリング。
「……サイズ、ぴったり」
梨歩のために用意された、世界でたった一つの幸せの結晶。
「こんなにも嬉しいのに、幸せなのに……何で、涼ちゃんだけがいないの……?」
「梨歩……」
「涼ちゃんがいなきゃ……ダメじゃん」
梨歩の左手薬指に輝くダイヤは、眩い光を放ちながらもどこか悲しげで、憂いに満ちていた。
私の目頭が熱くなる。
それがわかるくらいに込み上げてくるこの思い。
無念だったろう――志半ばで逝ってしまった涼平さんの梨歩への愛が、今は光の粒となって梨歩を包みこんでくれているような気がして。
「梨歩……」
「ちょっと。何で若葉まで泣いてるの?」
「だって、うぅ……」
どんなに好きでも、もう二度と会うことができないなんて。
あまりにも悲しすぎるよ。
せめて、生きてさえいれば。
何処かで必ず会える可能性だってあったはずなのに。
運命は残酷だ。
幸せな二人の時間を突然奪うなんて。
いくら神様でもやっちゃいけない。
これでもし、梨歩が幸せになることを恐れてしまったら。
罪悪感に駆られてしまったら。
私は、この先どうやって梨歩を支えていったらいいの。
「ああ、久々のシャバの空気はおいしいわねぇ」
「何よ、その元囚人みたいな発言は」
「えー、入院生活だって牢獄みたいなもんよ。あたしにとっては」
病院から一時的に外出許可をもらえた梨歩は、この上なくご満悦の様子。それもそのはず。何と今日は、梨歩の憧れのアーティスト、EDENがこの野外イベントのステージにやってくるというのだ。
「だってだってね! あのEDENだよ? 正体不明で貫いてきたあのEDENが。今日はその全貌が明らかになる記念すべき日なのよ。ああ、生きててよかった~!」
「本当にね。一時はどうなることかと思ったけど」
「なかなかスリリングな臨死体験だったわ」
「私も別の意味で生きた心地がしなかったわよ」
梨歩の危篤――。エディさんとの初デートの日が、まさかこうなるなんて思ってもみなかった。しかも、二人は顔見知りで同じ入院仲間だったなんて。
「ごめんって。それに、涼ちゃんにも……きちんと報告したかったしね」
梨歩の彼氏の涼平さん。亡くなっていたことを知って、私もびっくりだった。先月の梨歩の誕生日にもプレゼントを贈っていたし、忙しくて会いに行けずごめんって連絡もあったみたいだったから。
涼平さんのお姉さんが、代わりに色々やっていたようで、梨歩の誕生日が悲しいものにならないようにっていう涼平さんの気遣いからなのか、もし誕生日までに亡くなってしまった場合は、誕生日が過ぎるまで自分の死を悟られないようにしてほしいとかなり強く念を押されていたとか。
お姉さんも相当心苦しかったと思う。さっき涼平さんの実家に行ってお仏壇に手を合わさせてもらったあと、お墓にも行ってきた。
「馬鹿な弟でごめんなさい」「あなたをずっと騙してごめんなさい」って、梨歩に会った途端お姉さんの律子さんはボロボロ泣き出しちゃって。
「できれば涼ちゃんと……一緒に来たかったな」
梨歩はそう呟くと、律子さんに言った。
「涼ちゃん、お姉さんの事……すごく信頼してたんですね」
「……え?」
「だって、お姉さんの協力がなければあたし……後追いするかショック死してたかもしれない。そのことまで想定して、あの涼ちゃんが……ここまで徹底的にやるなんて思わなかったから」
「でも……結局あなたを酷く悲しませてしまった。私は『そんな馬鹿なことやめやぁて』って言ったんやけどね、どうしても聞かんくて。弟可愛さに引き受けてまったの。でも、本当言うと……あん時の涼平が怖かったんやわ。『何があってもバラすな。親父やお袋にも』ってかなり念押されて。あんな涼平見たの初めてやったから。あなたのこと、話には聞いとったんやけど……本当に大切に思っとったみたいやね」
律子さんは梨歩に小さな箱を渡した。
「え、これって……」
「渡していいか迷ったんやけどね、涼平の思いのすべてがそこに詰まっとるみたいやから」
梨歩が箱を開けると……。
「嘘……」
ーーMarry meーー
「何で……」
一粒ダイヤモンドのエンゲージリング。
「……サイズ、ぴったり」
梨歩のために用意された、世界でたった一つの幸せの結晶。
「こんなにも嬉しいのに、幸せなのに……何で、涼ちゃんだけがいないの……?」
「梨歩……」
「涼ちゃんがいなきゃ……ダメじゃん」
梨歩の左手薬指に輝くダイヤは、眩い光を放ちながらもどこか悲しげで、憂いに満ちていた。
私の目頭が熱くなる。
それがわかるくらいに込み上げてくるこの思い。
無念だったろう――志半ばで逝ってしまった涼平さんの梨歩への愛が、今は光の粒となって梨歩を包みこんでくれているような気がして。
「梨歩……」
「ちょっと。何で若葉まで泣いてるの?」
「だって、うぅ……」
どんなに好きでも、もう二度と会うことができないなんて。
あまりにも悲しすぎるよ。
せめて、生きてさえいれば。
何処かで必ず会える可能性だってあったはずなのに。
運命は残酷だ。
幸せな二人の時間を突然奪うなんて。
いくら神様でもやっちゃいけない。
これでもし、梨歩が幸せになることを恐れてしまったら。
罪悪感に駆られてしまったら。
私は、この先どうやって梨歩を支えていったらいいの。