「そういえば、もうすぐローズフェスだね」
いよいよ今週末、岐阜県にある世界中の薔薇が集結した広大な公園での野外イベントがある。若葉ちゃんは毎年、というか薔薇の季節には欠かさず最低一回は行くらしい。
「うん、すごく楽しみ。今回は青いバラがメインだから、私の好きな品種も勢揃いで」
「青いバラ、か。夢があるよね、その響きだけで一曲書けそうだな」
「書いたでしょ」
「ああ、そうだった。確かに書いた」
「もう」
彼女の親友、梨歩が作詞をしたものに、僕がメロディーをつけた。デモ音源は梨歩から詩を受け取った3日後には既にほぼイメージが完成し、音合わせをしながら他のメンバーの協力で2週間も経たないうちに完成。
「梨歩、曲覚えてくれたかな」
「うん。すごく喜んで毎日歌い込んでるから、もう完璧よ」
「ちなみに、梨歩はまだ例のことは……知らないよね?」
梨歩には絶対に悟られてはいけない。それにはどうしても若葉ちゃんの協力が必要だった。親しい間柄だからこそ、最新の注意を払うのは相当プレッシャーだったに違いない。悪いと思いながらも、日々の彼女の気遣いには感謝しかなかった。
「うん。梨歩の詩が選ばれてEDENに曲つけてもらったことになってるから」
「一般公募してたからね。決して梨歩のこと、贔屓してたわけじゃないってことも万人に伝えないといけないし」
実際に応募は何件かあった。でも、EDENはようやく名前が世に浸透し始めた駆け出しの新人。とはいえ、メジャーデビューしているわけではないからキャリアは正直言ってまだ殆ど無いに等しい。そのため、応募の数も二桁止まり。中には冷やかしみたいなのもあったから、選考自体に時間をかけることはなかったのだが。
「梨歩、体調はどう?」
「今のところは安定してるわ。EDENに曲作ってもらえたのが相当嬉しかったのか、以前よりだいぶ良くなってるみたい。外出許可は申請中だから、当日行けるかどうかは梨歩の体調次第かな」
「その様子だと、這ってでも来そうだね」
「うん、本人もそのつもりらしいわ」
「だろうね」
ローズフェスまであと3日。夢のステージにかけたそれぞれの思い。
「何か、ごめんね。若葉ちゃんの誕生日なのに、打ち合わせみたいな話しかできなくて」
「ううん。忙しいのにこういう時間を作ってくれるだけでも十分よ。ありがとう」
テーブルに飾られた白い薔薇の花が、頷くように微かに揺れた。
「これは、偶然かしら」
「何が?」
「白い薔薇の花、私の誕生花なの」
「へえ、そうなんだ。イメージ通りだね」
「イメージ通り? 私ってどんなイメージなの?」
「言わせる?」
「だって、気になるじゃない」
「そうだなあ」
清楚で、可憐で、優しくて。
ピュアで、ちょっとツンデレで。
たまに毒舌で。
「エディさん?」
「やっぱ内緒」
「えぇー?」
白は、どんな色にも染まる可能性の色。
でも、今日のこの白い薔薇はどこかほんのり青く色づいているようにも見えた。

これから叶う夢――それを予兆するかのように。