エディが帰ってほどなくして、あたしは製作途中だった歌詞のノートを開く。
「一週間……」
鬼だ。エディは神じゃなくて鬼だった。
「でも、言ったからにはもう、やるしか……ないよね」
ノートを眺める。
「……」
それにしても、字が汚い。
「…………」
読めない。
情けない。
恥ずかしい。
こんなことなら、硬筆の通信講座でも受講しておくんだった。
もういい。こうなったら、
「キーワードを書き出そう」
連想法だ。
まずは、
「夢!」
その夢を、
「叶える!」
叶えることを
「実現!」
叶うことを、
「奇跡」
「神様」
「おめでたい」
「ありがとう」
続々出てきた。
他にないかな。今はまだ漠然としすぎていて、輪郭がはっきりしない。
ストーリー性のある内容にした方がいいのかな。でも、あたし創造力そんなにないし。日常のしょうもないネタを歌にしてきたから、まったくゼロスタートはあたしにはハードルが高すぎる。
身近な人。たとえば友達とか、恋人とか。これなら書けるかも。
そうだ。若葉といえば……
「花!」
花は花でも……
「薔薇!」
真っ赤な薔薇は定番の情熱的なイメージ。だけど、落ち着いた雰囲気の薔薇もいい感じ。パステルカラーとか、淡い色のもの。特に真っ白なのは、清純可憐な若葉のイメージにぴったりだ。薔薇にしかたとえられなくてごめん、若葉。
「ん?」
あれ? あたし、結局何をテーマに書きたいんだっけ?
連想で膨らむアイデアもいいけど、本来の目的を忘れたら元も子もない。
「誰に向けて、何を伝えたいか……もう一度整理しよう」
あたしにしか書けないもの。あたしだから書けるもの。
「うーん……早くも挫折……?」
ダメだ、一週間後にまたあの鬼がやってくる。それまでに完成させないと。
「思いつきで薔薇って言っちゃったけど、それ以上の展開が見えないよ~」
失敗か。
でも、迷っている暇はない。今はただ、思いつくまま書き出そう。絞り出そう。
「薔薇、薔薇……見たことない不思議な薔薇、とか」
そういえば、若葉。
いつだったか忘れたけど、青の薔薇の話していたな。
確か、薔薇には青い色素がなくって「不可能」って意味があったんだけど、だんだんその研究が進んでついに青の色素を持った薔薇の開発に成功して。長年の人々の夢が叶ったことで、「不可能を可能に」って意味の新しい花言葉が生まれた――
「こ、これだ!」
作詞の神、降臨! あたし、今からすっごいの書けそうな気がして。
「見てなさいよ、エディ。あたし、絶対書き上げてやるわ!」
一週間といわず、3日で書き上げてやる。
モチベーションが上がった今、一気に書き上げる作戦だ。
集中力が切れると、次はいつ稼働するか保証できないから。
「青い薔薇、青い薔薇。種類がいっぱいあるな。中でも若葉が一番好きだって言ってたのが……何だっけ?」
ブルームーン?
ブルーバユー?
ブルーチーズ?
違う違う。ブルー何とかって名前だった。ブルーシャトー?
ブルーコメッツ?
いやいや、こんなレトロな響きじゃなくて、ええっと……。
ブルー、ブルー、ブルーハーツじゃなくて。
ブルーノート。ライブハウスでもなくて。
ブルータス。雑誌でもなくて。
「へっくしッ!」
ああ。今頃、鬼があたしの噂しているんだ。
「……あ」
ヘヴンリー。
そうそう。
今ので思い出した。
”ブルーヘヴン”だ!
「別名、セントレア・スカイローズ。中部国際空港の開港記念にちなんで、ねぇ」
あ、この花。岐阜県産って……。
「涼ちゃんの、故郷じゃん」
何たる偶然。いや、ここまで来れば必然か?
ここに行けば、青い薔薇がいっぱいあるのかな。若葉、喜ぶかな。
今度のローズフェス、すごく楽しみ。あたしはどっちかっていうと、EDENが開園記念ライブで素顔初公開するって話の方が楽しみなんだけど。
開催地……まさかの、岐阜じゃん。場所までちゃんと見てなかったわ、あたし。
「ああ。それより詩、詩」
あたしの渾身の傑作を……。
「う……」
瞼が重い。
だめだ、今日はもう眠くなってきちゃった。
せめて、タイトルだけでも。
ブルーヘヴン……
「ブルーヘヴン、の……」
この詩の先に、あたしの夢の答えがあるなら。
きっと書き上げるから。
今は。
「おや、す……み」
*
一週間後。
鬼、もといエディが予定通り来た。
「梨歩」
あ。
「わ、若葉……」
どうしよう。気まずい。
何て言ったらいいの?
やだ、どうしよう。
若葉、こっち来ないで。
心臓に悪――
「あ……」
若葉?
どうして?
何で?
ぎゅって、してくれるの?
「……お帰り」
「ッ!!」
若葉の、バカ。
あたし、もう泣かないって決めたばっかなのに。
「頑張ったわね」
「わ、若葉……あ、あたし……」
「うん」
「若葉にひどいこと言った……ごめん」
「もう、いいの」
若葉、本当にごめんね。
「……涼ちゃんが、亡くなったの……」
「え……!」
「涼ちゃんのお姉さんから、涼ちゃんの電話で聞いて……あたし、悲しくて……ショックで、発作起こして倒れて、戻ってきたら若葉とエディが一緒にいて、わけわかんなくて。八つ当たりしちゃったの」
「そう、だったの。それは辛かったわね」
もう、涼ちゃんはいない。
「ううん。悲しかったけど、ちゃんとお別れも言えたし。大丈夫。夢の中だったんだけどね」
「そっか」
若葉、ホントに優しい。悔しいけど、この二人には敵わないや、あたし。
そうだ。
「エディ」
「ん?」
「これ、あたしの書いた詩」
ちゃんと約束通り書いたんだから。
「よくできました。合格」
「え?」
どゆこと?
「一週間……」
鬼だ。エディは神じゃなくて鬼だった。
「でも、言ったからにはもう、やるしか……ないよね」
ノートを眺める。
「……」
それにしても、字が汚い。
「…………」
読めない。
情けない。
恥ずかしい。
こんなことなら、硬筆の通信講座でも受講しておくんだった。
もういい。こうなったら、
「キーワードを書き出そう」
連想法だ。
まずは、
「夢!」
その夢を、
「叶える!」
叶えることを
「実現!」
叶うことを、
「奇跡」
「神様」
「おめでたい」
「ありがとう」
続々出てきた。
他にないかな。今はまだ漠然としすぎていて、輪郭がはっきりしない。
ストーリー性のある内容にした方がいいのかな。でも、あたし創造力そんなにないし。日常のしょうもないネタを歌にしてきたから、まったくゼロスタートはあたしにはハードルが高すぎる。
身近な人。たとえば友達とか、恋人とか。これなら書けるかも。
そうだ。若葉といえば……
「花!」
花は花でも……
「薔薇!」
真っ赤な薔薇は定番の情熱的なイメージ。だけど、落ち着いた雰囲気の薔薇もいい感じ。パステルカラーとか、淡い色のもの。特に真っ白なのは、清純可憐な若葉のイメージにぴったりだ。薔薇にしかたとえられなくてごめん、若葉。
「ん?」
あれ? あたし、結局何をテーマに書きたいんだっけ?
連想で膨らむアイデアもいいけど、本来の目的を忘れたら元も子もない。
「誰に向けて、何を伝えたいか……もう一度整理しよう」
あたしにしか書けないもの。あたしだから書けるもの。
「うーん……早くも挫折……?」
ダメだ、一週間後にまたあの鬼がやってくる。それまでに完成させないと。
「思いつきで薔薇って言っちゃったけど、それ以上の展開が見えないよ~」
失敗か。
でも、迷っている暇はない。今はただ、思いつくまま書き出そう。絞り出そう。
「薔薇、薔薇……見たことない不思議な薔薇、とか」
そういえば、若葉。
いつだったか忘れたけど、青の薔薇の話していたな。
確か、薔薇には青い色素がなくって「不可能」って意味があったんだけど、だんだんその研究が進んでついに青の色素を持った薔薇の開発に成功して。長年の人々の夢が叶ったことで、「不可能を可能に」って意味の新しい花言葉が生まれた――
「こ、これだ!」
作詞の神、降臨! あたし、今からすっごいの書けそうな気がして。
「見てなさいよ、エディ。あたし、絶対書き上げてやるわ!」
一週間といわず、3日で書き上げてやる。
モチベーションが上がった今、一気に書き上げる作戦だ。
集中力が切れると、次はいつ稼働するか保証できないから。
「青い薔薇、青い薔薇。種類がいっぱいあるな。中でも若葉が一番好きだって言ってたのが……何だっけ?」
ブルームーン?
ブルーバユー?
ブルーチーズ?
違う違う。ブルー何とかって名前だった。ブルーシャトー?
ブルーコメッツ?
いやいや、こんなレトロな響きじゃなくて、ええっと……。
ブルー、ブルー、ブルーハーツじゃなくて。
ブルーノート。ライブハウスでもなくて。
ブルータス。雑誌でもなくて。
「へっくしッ!」
ああ。今頃、鬼があたしの噂しているんだ。
「……あ」
ヘヴンリー。
そうそう。
今ので思い出した。
”ブルーヘヴン”だ!
「別名、セントレア・スカイローズ。中部国際空港の開港記念にちなんで、ねぇ」
あ、この花。岐阜県産って……。
「涼ちゃんの、故郷じゃん」
何たる偶然。いや、ここまで来れば必然か?
ここに行けば、青い薔薇がいっぱいあるのかな。若葉、喜ぶかな。
今度のローズフェス、すごく楽しみ。あたしはどっちかっていうと、EDENが開園記念ライブで素顔初公開するって話の方が楽しみなんだけど。
開催地……まさかの、岐阜じゃん。場所までちゃんと見てなかったわ、あたし。
「ああ。それより詩、詩」
あたしの渾身の傑作を……。
「う……」
瞼が重い。
だめだ、今日はもう眠くなってきちゃった。
せめて、タイトルだけでも。
ブルーヘヴン……
「ブルーヘヴン、の……」
この詩の先に、あたしの夢の答えがあるなら。
きっと書き上げるから。
今は。
「おや、す……み」
*
一週間後。
鬼、もといエディが予定通り来た。
「梨歩」
あ。
「わ、若葉……」
どうしよう。気まずい。
何て言ったらいいの?
やだ、どうしよう。
若葉、こっち来ないで。
心臓に悪――
「あ……」
若葉?
どうして?
何で?
ぎゅって、してくれるの?
「……お帰り」
「ッ!!」
若葉の、バカ。
あたし、もう泣かないって決めたばっかなのに。
「頑張ったわね」
「わ、若葉……あ、あたし……」
「うん」
「若葉にひどいこと言った……ごめん」
「もう、いいの」
若葉、本当にごめんね。
「……涼ちゃんが、亡くなったの……」
「え……!」
「涼ちゃんのお姉さんから、涼ちゃんの電話で聞いて……あたし、悲しくて……ショックで、発作起こして倒れて、戻ってきたら若葉とエディが一緒にいて、わけわかんなくて。八つ当たりしちゃったの」
「そう、だったの。それは辛かったわね」
もう、涼ちゃんはいない。
「ううん。悲しかったけど、ちゃんとお別れも言えたし。大丈夫。夢の中だったんだけどね」
「そっか」
若葉、ホントに優しい。悔しいけど、この二人には敵わないや、あたし。
そうだ。
「エディ」
「ん?」
「これ、あたしの書いた詩」
ちゃんと約束通り書いたんだから。
「よくできました。合格」
「え?」
どゆこと?