私は気まずさのあまり、呼吸の仕方もわからなくなるような気分で――ひとまず口内に溜まった生唾(なまつば)をごくり、と飲み込む。
 上昇音は思ったよりも早く止まった。ほっとしたのも束の間――。
(あ、あれ?)
 ここはまだ2階。先を急ぐ私の願いとは裏腹に、さっきの貫禄のあるオバサンが窮屈そうに前進してきた。
「ちょっとアンタ! ぼっとしてないで道くらい開あけなさいヨ!」
「あっ……」
 私は扉の外に(はじ)かれ、その(はず)みで足がもつれて床に両膝を打ち付けた。
「痛っ……」
(あ、花……!)
 咄嗟に抱えたおかげで、花は無事のようだ。ここに来る前に梨歩のバイト先で買ってきたドーナツも、まあ何とか。その時に店長さんから受け取った紙袋の中身は、特に問題なさそうだ。見ていないけど。
(よ、よかったぁ~)
 顔を上げると、オバサンと目があった。
「……ふン」
 オバサンはそのままツカツカと、潰れそうなピンヒールを鳴らしながら歩いて行ってしまった。