「ううん、それわかる気がする」
 彼女は優しい。
「あ、私も喉渇いてきちゃったからもらうね」
「はい、どうぞ。遠慮しないで」
 僕は飲みかけのペットボトルを彼女に差し出した。
「……え?」
「あれ? りんご嫌い?」
「…………からかってるでしょ」
「あ、バレた?」
「もう、その手には乗らないんだから」
「ははは、やるねぇ」
 再び車を走らせようと、僕はギアを切り替えアクセルを踏み出す。
「あと30分くらいしたら、お昼にしようか」
「そうね」
 国道をしばらく道なりに走るよう、ナビがアナウンスする。
 そうだ、例の話を。
「若葉ちゃん、僕から一つ提案なんだけど」
「え、何?」
「ダブルデートしない?」
「だ、だぶる……デート?」
唐突すぎたか。かなり動揺している。
「うん、僕の友達がさ。若葉ちゃんに会ってみたいんだって」
「そ、そうなんだ。学校の?」
「うーん、僕とは学校は別なんだけど。というか共通の知人を通して知り合ったんだけどね。今法律系の大学に通ってて、弁護士目指してる子なんだ」
「へえ、すごい。法学部ってかなり偏差値高いイメージあるから……私、ちょっと気が引けちゃうかも。その人の彼女さんも同じ学部だったりする?」
結構慎重派というか、警戒心が強いのか。とりあえず、彼女の不安を払拭しなければ。
「ああ、彼は穏やかで生真面目なタイプだからそんなに構えなくて大丈夫だよ。彼女さんに会うのは僕も初めてだけど、おっとりした子らしいし。女の子同士でも仲良くなれたら楽しいかなと思って」
「そうなんだ。私、ダブルデートなんてしたことないから……。でも、話に聞く限りいい人そうだから。せっかくだし、会ってみようかな」
よし、誘い出しには成功した。
「ありがとう。じゃあOKって返事しとくね。都合悪い日ある?」
「えっと……今度の水曜日ならバイトも休みだから大丈夫。この週の平日はそこ以外バイトなの」
「わかった、聞いてみるね。あ、僕のケータイそのドリンクホルダーに入れてあるから、ちょっとメッセージアプリ開いてくれる?」
僕は彼女に頼んでメッセージ画面を開いてもらう。
「開いたわ」
「じゃあ、『佐々木武蔵』って名前のとこ押して、通話にしてもらえる? ついでにスピーカーも」
「わかった」
呼び出し音が鳴り響く。僕はBGMの音量を下げた。
〈はい、もしもし〉
武蔵君の声だ。
「あ、武蔵君。今電話いい?」
〈うん、大丈夫〉
「デート中だった?」
〈まあね。そっちもでしょ?〉
「あ、バレた?」
〈バレバレだよ。ビデオ通話になってるから〉
「え、嘘! やだ、ごめんなさい!」
「若葉ちゃん、ナイス」
〈アハハハ! 面白〜い!〉
武蔵君の隣に彼女さんがいるようで、ツボにはまったような笑い声が電話越しに聞こえてきた。
玲美(れいみ)ちゃん、笑いすぎ〉
〈だってぇ、素でやっちゃってる感じなのが余計に面白くて。あ〜お腹痛い〉
「だってさ、若葉ちゃん」
「うう……」
〈あ、改めまして。僕は佐々木武蔵です〉
〈彼女の槙野(まきの)玲美で〜す〉
緊張感が一瞬で飛んだ。寧ろ和やかな空気になって本当によかったと思う。
彼女にとっても。
「は、初めまして。山口若葉です」
〈よろしくね。あ、さっきはビデオ通話にしてくれてありがとう〉
「あ、いえ。私はただ押し間違えただけで……」
〈若葉ちゃ〜ん。玲美早く若葉ちゃんに会いた〜い〉
「あ、ありがとう、ございます」
〈タメ語でいいよ〜。1年生でしょ〜?〉
「は、はい」
〈玲美も1年だから。あ、武蔵は浪人してるから歳は一個上だけど。おんなじ1年だから〉
「う、うん」
戸惑い気味ではあるものの、この二人に馴染もうとしてくれる彼女の姿は素直に嬉しかった。そして、そんな彼女を受け入れようとしてくれている二人にも。
僕は急遽最寄りのサービスエリアに入る。
「ちょっと一旦停まるね」
駐車スペースに車を停めると、僕は若葉ちゃんからケータイを受け取った。
「あ、玲美さん。初めまして。神城エディです」
〈え! すご、本物?〉
どんな反応だよ。
「本物だけど」
〈ごめ〜ん。話には聞いていたんだけど、あまりに美しかったからつい〉
〈ちょっと玲美ちゃん。ごめんね、エディ君。例の件だよね?〉
さすが。話が早い。
「そうそう。今度の水曜の放課後あたりどう?」
〈今度の水曜日は……僕はいいけど、玲美ちゃんは?〉
〈いいよ〜〉
〈だってさ〉
「ありがとう。若葉ちゃん、大丈夫そう?」
「うん」
「というわけで、今度の水曜の16時に専門学校前で」
〈了解〉
〈わ〜い、楽しみにしてるね〜〉
ビデオ通話を終了し、僕はケータイをドリンクホルダーに入れる。
「ありがとう。今度の水曜、僕の専門学校前で待ち合わせるって言っちゃったけど、よかった?」
「うん、多分私の方が早く終わるから。何ならロゼさんのところでも――」
「ああ〜、そこはパス! 捕まると長いから」
彼女の言葉を遮るように僕は捲し立てた。あの人にだけはどうしても捕まりたくない。
「ごめん、若葉ちゃん。僕の我儘で申し訳ないんだけど……」
「わ、わかったわ」
「とりあえず、そういうことでよろしく」
そんな矢先だった。