「やれやれ……」
面倒な妹を持つのも辛い。実家出ようかな、と最近本気で考え始めたところだ。卒業したら本当に出よう。うん、そうしよう。
あれでも幼少期は寂しがり屋で泣き虫な可愛い妹だった。
エリサが6歳の頃、家を飛び出して誘拐未遂事件に遭ったことがある。
☆
エリサが家出をした日、僕は酷く自分を責めた。エリサはきっと、両親が病弱な僕につきっきりになることが寂しかったのだろう――と、幼いながらにも気づいていた。しかし、時既に遅し。夕刻を過ぎても戻らず、心配した両親は警察に連絡をした。
数分後、僕の家に到着した警察官のお兄さんたちは、エリサを探すために僕に付き添ってくれた。責任を感じた僕はいても立ってもいられず、「僕が思いあたる場所を全部案内するから、父さんと母さんは家で待っていて」と両親に言った。僕の体調を心配する両親の制止を振り切り、警察官のお兄さんと共にエリサの捜索を開始した。
まだ6歳の妹の足で、さほど遠くには行けないと予測し、僕は思いあたる場所を片っ端から案内した。警察官は無線でやりとりをし、僕の案内する場所を中心に各エリアごとに捜索を始めた。
空が徐々にオレンジから藍色に染まり始め、商店街が立ち並ぶ道路沿いの街灯が一斉につき始めた頃。
狭い路地裏を抜けた先、人通りの少ない交差点付近に人影を見つけた。僕は物陰に隠れて周囲の様子を窺うと、エリサが車に乗せられそうになっていたところだった。白いマスクで顔の半分を隠し、黒いサングラスに目深にかぶった黒い帽子。子どもの僕にさえわかるほどの怪しい出で立ちだった。
「おまわりさん、あの人危ない。妹を連れて行く気だ!」と僕が付き添いの警察官のお兄さんに小声で言い、僕はすぐさまエリサの方に向かって走る。
「エリサ!」
「にいに?」
警察官は無線でエリサが見つかったことと、不審な男がエリサを車に乗せようとしたことを伝える。
「ちょっとよろしいですか?」と警察官が職務質問をしようとした瞬間、男は走って逃走。「被疑者逃走!」と再び無線で伝え、付近で待機していた警察官が複数人でその男を取り押さえた。その男は、指名手配中の誘拐犯だった。
「もう大丈夫だ」と、近くに待機していた警察官のうちの一人が僕を誘導し、「僕、お嬢ちゃん。怖い思いしたな。でも、犯人は捕まえたからもう怖くないよ。二人ともよく頑張った。おまわりさんとおうちに行こう!」と僕たちに言った。「ありがとう、おまわりさん」と僕は警察官にお礼を言い、エリサの手を引いて帰路についた。
「にいに、ごめんなさい」
そう言って泣くエリサの小さな手を、僕はしっかりと握りしめた。もう二度とはぐれたりしないように。
家までの道のりはさほど遠くはなかったが、心配する両親の制止を振り切って家を出た後ろめたさもあり、僕の足取りは重かった。
それでも、僕はエリサと両親の元へ帰らなくてはいけない。
家で待っていてほしいと言って出て来てしまったから。
「ぐすっ……」
「エリサ……」
家で僕たちの帰りを待っている両親がいる。帰ったとき、真っ先に何を言われるだろう。やっぱり叱られるのだろうか。それとも、泣かせてしまうのだろうか。
今はただ、両親の反応が怖かった。
それでも、僕はエリサを連れて帰らなければいけない。
「……ごめん、エリサ」
「にいに?」
「エリサが今、寂しい思いをしているとしたら……それはきっと僕のせいだから。全部、僕のせいにしていいから。謝るのは僕の方だ。いつも寂しい思いをさせてごめん。でも、父さんも母さんも、エリサのことをいつも大切に思っている。ほら」
遠目に、僕の両親の姿が見えた。
「おとうさん、おかあさん……」
「行こう」
僕たちは、「お帰り」と両腕を広げて出迎えてくれた両親の元へ駆け出す。
「心配したんだぞ。でも、無事でよかった」と父さん。
「エディ、エリサ、オカエリナサイネ。ガンバッタネ。スゴイネ」と母さん。
「父さん。母さん。……心配かけてごめんなさい」と僕。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きじゃくるエリサ。
この時、両親は僕たちを怒鳴りつけたり、泣くこともしなかった。ただ、「お帰り」と言って抱きしめてくれた。僕はこの瞬間に、漸く泣くことができた。それは恐怖でも罪悪感でもなく、安堵の涙だったと思う。
☆
僕はガレージから車を出し、待ち合わせ場所へと向かう。
「選曲は……と」
デート時のBGMはムード作りには欠かせないくらい重要だ。彼女が知っているかどうかはわからない。でも、それもまた会話のネタになるだろう。お互いの知らないことを徐々に知っていくプロセスが、恋愛の醍醐味なんだ。
「我ながらいいこと言うなぁ」
とはいえ、実際に僕は恋愛初心者で経験値は限りなくゼロだ。
彼女に物足りなさを感じさせてしまったらどうしよう、と不安が過ることもあるが、いっそ初心者なら初心者らしくと開き直った方がうまく事が進むだろう。シクりたくはない。でも、シクりをどう切り抜けるかのほうが大事だ。僕はそう信じている。いや、信じたい。
面倒な妹を持つのも辛い。実家出ようかな、と最近本気で考え始めたところだ。卒業したら本当に出よう。うん、そうしよう。
あれでも幼少期は寂しがり屋で泣き虫な可愛い妹だった。
エリサが6歳の頃、家を飛び出して誘拐未遂事件に遭ったことがある。
☆
エリサが家出をした日、僕は酷く自分を責めた。エリサはきっと、両親が病弱な僕につきっきりになることが寂しかったのだろう――と、幼いながらにも気づいていた。しかし、時既に遅し。夕刻を過ぎても戻らず、心配した両親は警察に連絡をした。
数分後、僕の家に到着した警察官のお兄さんたちは、エリサを探すために僕に付き添ってくれた。責任を感じた僕はいても立ってもいられず、「僕が思いあたる場所を全部案内するから、父さんと母さんは家で待っていて」と両親に言った。僕の体調を心配する両親の制止を振り切り、警察官のお兄さんと共にエリサの捜索を開始した。
まだ6歳の妹の足で、さほど遠くには行けないと予測し、僕は思いあたる場所を片っ端から案内した。警察官は無線でやりとりをし、僕の案内する場所を中心に各エリアごとに捜索を始めた。
空が徐々にオレンジから藍色に染まり始め、商店街が立ち並ぶ道路沿いの街灯が一斉につき始めた頃。
狭い路地裏を抜けた先、人通りの少ない交差点付近に人影を見つけた。僕は物陰に隠れて周囲の様子を窺うと、エリサが車に乗せられそうになっていたところだった。白いマスクで顔の半分を隠し、黒いサングラスに目深にかぶった黒い帽子。子どもの僕にさえわかるほどの怪しい出で立ちだった。
「おまわりさん、あの人危ない。妹を連れて行く気だ!」と僕が付き添いの警察官のお兄さんに小声で言い、僕はすぐさまエリサの方に向かって走る。
「エリサ!」
「にいに?」
警察官は無線でエリサが見つかったことと、不審な男がエリサを車に乗せようとしたことを伝える。
「ちょっとよろしいですか?」と警察官が職務質問をしようとした瞬間、男は走って逃走。「被疑者逃走!」と再び無線で伝え、付近で待機していた警察官が複数人でその男を取り押さえた。その男は、指名手配中の誘拐犯だった。
「もう大丈夫だ」と、近くに待機していた警察官のうちの一人が僕を誘導し、「僕、お嬢ちゃん。怖い思いしたな。でも、犯人は捕まえたからもう怖くないよ。二人ともよく頑張った。おまわりさんとおうちに行こう!」と僕たちに言った。「ありがとう、おまわりさん」と僕は警察官にお礼を言い、エリサの手を引いて帰路についた。
「にいに、ごめんなさい」
そう言って泣くエリサの小さな手を、僕はしっかりと握りしめた。もう二度とはぐれたりしないように。
家までの道のりはさほど遠くはなかったが、心配する両親の制止を振り切って家を出た後ろめたさもあり、僕の足取りは重かった。
それでも、僕はエリサと両親の元へ帰らなくてはいけない。
家で待っていてほしいと言って出て来てしまったから。
「ぐすっ……」
「エリサ……」
家で僕たちの帰りを待っている両親がいる。帰ったとき、真っ先に何を言われるだろう。やっぱり叱られるのだろうか。それとも、泣かせてしまうのだろうか。
今はただ、両親の反応が怖かった。
それでも、僕はエリサを連れて帰らなければいけない。
「……ごめん、エリサ」
「にいに?」
「エリサが今、寂しい思いをしているとしたら……それはきっと僕のせいだから。全部、僕のせいにしていいから。謝るのは僕の方だ。いつも寂しい思いをさせてごめん。でも、父さんも母さんも、エリサのことをいつも大切に思っている。ほら」
遠目に、僕の両親の姿が見えた。
「おとうさん、おかあさん……」
「行こう」
僕たちは、「お帰り」と両腕を広げて出迎えてくれた両親の元へ駆け出す。
「心配したんだぞ。でも、無事でよかった」と父さん。
「エディ、エリサ、オカエリナサイネ。ガンバッタネ。スゴイネ」と母さん。
「父さん。母さん。……心配かけてごめんなさい」と僕。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きじゃくるエリサ。
この時、両親は僕たちを怒鳴りつけたり、泣くこともしなかった。ただ、「お帰り」と言って抱きしめてくれた。僕はこの瞬間に、漸く泣くことができた。それは恐怖でも罪悪感でもなく、安堵の涙だったと思う。
☆
僕はガレージから車を出し、待ち合わせ場所へと向かう。
「選曲は……と」
デート時のBGMはムード作りには欠かせないくらい重要だ。彼女が知っているかどうかはわからない。でも、それもまた会話のネタになるだろう。お互いの知らないことを徐々に知っていくプロセスが、恋愛の醍醐味なんだ。
「我ながらいいこと言うなぁ」
とはいえ、実際に僕は恋愛初心者で経験値は限りなくゼロだ。
彼女に物足りなさを感じさせてしまったらどうしよう、と不安が過ることもあるが、いっそ初心者なら初心者らしくと開き直った方がうまく事が進むだろう。シクりたくはない。でも、シクりをどう切り抜けるかのほうが大事だ。僕はそう信じている。いや、信じたい。



