海での出来事があった後、杏哉くんがパタリと来なくなった。理由は、明確なような気がする。あの時の彼は、心底悲しそうな顔をしていた。
 あの時、弥生さんが止めなければ、彼は俺をどうして居たのだろう。彼は、俺をどうしたかったのだろう。俺に、どうなってほしかったんだろう。
 短時間ではあるが、多少は彼と接してきて、大まかな性格くらいは分かってきたつもりだ。
 彼は優しい。優しい人と言ったら彼を思い浮かべるであろうくらいに、優しい人だ。そんな人が、俺の首に手をかけたのだ。そっ、と自分の首元に指先で触れる。
 彼を怒らせたのだろうか。ちょっとのことでは怒らなさそうな彼が? もしそうなら、俺はどれだけの事をしたのだろう。何か、地雷のような物でも踏んでしまったか。それすら分からない程、俺に心が無いのだろうか。
 顔を合わせる気も起きないくらいに怒ったのか、それとも失望でもしたのか。何にせよ、嫌われたかもしれない、という考えに行きついてしまって、気分が沈む。
 椅子にもたれかかって、右肩に頬をくっつけるような体勢で、ずっとそんな事を考え続けている。
 何だかもやもやとする。胸の辺りがじくじくと傷む。心の中の自分が、本当に馬鹿だなと罵倒してくるような感覚がする。ええ、どうせ俺は馬鹿ですよ。
 眉間に皺が寄り、ムッと少しだけ口が尖ったのが分かる。自分で自分に腹が立つなんて救いがない。

「……よし、出かけよう!」
「え?」
 同じ空間に居た弥生さんが、大きな声を上げてそう言った。
 突然の大きな声に身体を跳ねらせ、顔を上げて彼の方を見れば、にこりと笑みを浮かべている。
 確かに空気が重かったのは分かる。同じ空間に居た彼には申し訳ないとは思っていた。だが、急に出掛けようって。
 弥生さんは読んでいた本を閉じて立ち上がり、俺の腕を掴んで立ち上がらせようとする。顔は起き上がらせてはいるが、突然の考えと行為に思考はついて行かない。混乱したまま、されるがままに上半身からぐにゃりと持ち上げられた。
 椅子から立たされ、そんな俺の姿を見て彼は満足するように頷いて、俺の前から移動して部屋の奥に。バタバタと音が聞こえるのを見守っていると、彼は少しだけ荷物を持って笑顔を見せる。
「準備オッケー! じゃあ行くぞ!」
「え、ちょ……」
 彼はノリノリで家を飛び出した。彼を呼び留めようと伸ばした手は、虚しく宙で放置されている。
 その手の行き場が分からなくて、そのまま頭まで持っていって、がしがしと雑に頭を掻いて、深い溜息を吐いた。
 こうなったら、彼に付き合うしかないだろう。

 そもそも、こうして彼と行動するのは初めてだったかもしれない。この世界に来て、彼と共に家に暮らしていたけれど、どこかに出かける事はしなかった。俺はいつも、杏哉くんたちと一緒に居たから。
 ずきん、と頭が痛む。
 鋭くて、それでいて鈍い痛みに眉間に皺を寄せ、痛みの部位に手を添えた。添えたからと言ったって、痛みそのものを撫でる事は出来ないので、所詮気休めに終わってしまうけれど。
 彼の後を追って家から出て、玄関の鍵を閉めた。泥棒など存在しないだろうけれど、念のためだ。
 歩く間に、俺達の間に会話は無い。弥生さんの小さな鼻歌が、風向きの影響からか、こちら側に向かって小さく聞こえるだけだ。周りを見渡せば、見慣れたはずの田舎道が何だか寂しく見えた。
 家はポツン、ポツン、と距離を置いてあるだけ。人が歩く姿は滅多に見えない。道に立つ電柱には偶に落書きがある。電線に止まっている烏の鳴き声が聞こえる。風は弱いからか音はしない。広がる田園には田植えの準備が整っていて、水が張られていた。風がないから、空が田園に逆さに映し出される。海外のウユニ塩湖を思い起こさせた。そんな、静かな世界だった。

 ゆっくりと、周りの景色を見渡すように眺めて歩いていれば、弥生さんが立ち止まって、振り向いて待っていた。
「ここのバスに乗るぞ」
 彼が立ち止まった場所は、日向くんとお別れをしたあのバス停だ。
 ああ、俺達もここのバスに乗るのか。
 彼が指差したのは時刻表。時刻表を見てみれば、バスが来るまで少し時間がかかる。2時間に、行先の違うバスが2本走る。ど田舎という訳ではないが、不便という言葉が脳裏に浮かぶ。
 横に立って並ぶ弥生さんに問う。
「どこ行くの」
「お前を連れて行きたかった場所」
 結局答えになってないな。

 少しだけ待っていれば、予定時刻より10分ほど遅れてバスがやってきた。都会だったら苦情が来そうだ。
 バスの後ろ側の扉が開く。
 行き先を表示するはずの電子板は、何も表示されていない。本当にこのバスに乗って大丈夫なんだろうか。あの時も、ちゃんと表示されていたのかな。ちょっと前の出来事だけれど、今更ながら不安になってきた。
 そんな俺の不安をよそに、弥生さんは気にしないでバスに乗り込んだ。乗車券を手に取って、早く来いと、バスの中から俺に呼びかける。
 平地より高い位置にある入り口に足を踏み入れて、彼に倣って乗車券を一枚とってバスに乗り込んだ。
二人で乗って、まとまって座れる一番後ろの席に並んで座った。窓際に弥生さん、その隣に俺、という順番だ。
「少し遠いから、時間かかるよ」
 バスの中には俺達以外に誰もいない。寂しいなと思った。
 距離のあるバス停に次々と通っても、誰も立っていないので、誰も乗ることは無い。
 時間がかかるのなら、初めから言っておいてほしかった。何か暇潰しの物でも、持ってこれたのに。
 ああ、でも、バスの揺れの中で本を読んでいたら酔ってしまうかもしれないな。乗り物酔いはしんどいから、やっぱり持ってこないで正解だったかも。
 窓枠に肘をついている弥生さんを横目に、俺は左手の親指の爪で、左手の爪を其々かしかしと掻いていた。
 換気の為か窓は空いていて、窓の外から室内に向けて風が吹きこんでくる。隣に居る彼の髪の毛が風で揺れていた。
「……ねえ弥生さん」
「ん?」
 名前を呼んでも、彼は此方を見ない。景色を眺めるだけだ。
「明日、世界が終わるならどうする?」
 自分でそう問うた瞬間に、また、ずきんと頭が痛む。一瞬、自分でも険しい顔をしたのが分かる。隣の彼にバレなかっただろうか、と横目で確かめてみるが、彼は此方に目を向けてはおらず、バレずに済んだようだ。
「えー? 知らん」
「だよね」
 前に、少女に問われた質問を、彼にも聞いてみた。まあ、全く参考にはならなかったわけだが。でも、突然問われたって、答えなんて簡単には出ないか。
「だって、俺には関係ないし」
 確かに、そうだった。彼は幽霊のようなものなのだから、関係ない話ではあったか。
「……俺も、聞かれた時に、分からなかったんだ。その答え」
「だろうね」
 彼は変わらず、俺を見ないで窓の向こうを見続けている。
 相も変わらず人は誰も乗らないで、バスは少し揺れながら、道路を走り続ける。
 元々家の数は少なかったけれど、どんどんと山の中を走って行けば、見えるのは畑や田んぼ、ぽつんと建っている老人ホーム、今にも潰れそうな家。そんな物が目に映る。
「ここで降りるよ」
 弥生さんが眺める方とは反対側の窓の向こうを遠目で眺めていれば、彼の声がした。少し遠くに行きそうになっていた意識を呼び戻して、顔を向けてみれば、にこりと笑みを浮かべた。
 バスがゆっくりとスピードを落として、完全に止まってから腰を上げれば、まとめて払うからと弥生さんに言われる。彼に乗車券を手渡した。
「先に行ってて」
 ドアの先を指さして言うので、先にバスから降りる。
 バスから降りれば、風が吹き上げてきた。どこか、覚えがあった。
 ああ、そうだ。海の風だ。この間、あの子たちと行ったあの海と、似た風が吹いて来たのだ。もしかしたら、あの場所からそう遠くない場所なのかもしれない。
 周囲を見渡せば、住宅はぽつりぽつりと見えるが、全然人影が見えない。人も家も、そう多くない。田舎町、ぽつりと呟いてしまった。
 乱れた髪の毛を手櫛で軽く整えていれば、勘定が済んだらしい弥生さんがバスから降りてくる。バスは、俺達が全員降りたのを確認して、続いて誰も乗らないのを確認してから、走り去っていった。
「ここから少し歩くぞ」
「そういえば、前から気になってたけど、幽霊みたいな存在なのに飛べないのか」
「残念ながらセンスが無かったね」
 小さく笑いながら、彼は先導するように歩き始める。
 田舎町、と思えども……逆に、だからこそ、車が走るからだろうか、整備されたアスファルトの道を歩く。すれ違う人はいない。
「本当はもっと早く連れてくるべきだったんだろうけれど、お前が楽しそうにしてたからさあ」
 数歩前を歩いている彼が、いつも通りの声色で突然言うものだから、思わず首を傾げた。
 何が言いたいのだろうか。意図として、何かを含ませて言いたい内容があるように思われたが、どうも察することは出来なかった。
「弥生さん?」
「……なあ、さっき、どうしてアレを聞いたんだ?」
「アレ?」
「バスの中で聞いたやつ」
 バスの中で。そう小さく呟いてから、すぐに思い出した。明日世界が終わるなら~ってやつだ。
「え? 何となく」
「あっそ」
 それ以降、彼は何も言わないで、ただ歩く。
 周りを見渡せば、また、ずきんと頭痛がする。
 ここ最近、酷い頭痛に悩まされている。元々、俺は片頭痛持ちだったのかもしれない。だから、今でも頭痛が続くのかもしれない。けれど、最近の頭痛は無視できないものになっていた。
 薬を飲んでも、休息を得ようとも、それは変わらず、ただ割れるように痛かった。夢のような世界なのに、痛みは存在するのだな。
「知唐?」
 少し遠くの方から声がして、そこで漸く自分の脚が止まっていたこと気付く。
「……今、行く」
 目指していた場所は、バス停から少しだけ距離のある場所だった。
「さっきも言ったけど、本当は早く連れて行きたかったんだ」
「うん」
 ズキン、と頭が痛む。痛みが和らぐわけではないと分かっているのに、額に手を添えて。痛みによって、眉間に皺が寄るのが分かる。
 脳裏に、誰かが過る。
「お前は理解をするべきだと、思い出すべきだと。それが、お前の責任なんだからと」
「うん」
 ズキン、ズキンと頭が痛い。
 脳裏に浮かんだ人物が、俺を呼ぶ。後ろを向いていて、顔が見えない。
「だけどさあ、お前、本当に楽しそうだったんだもん。一緒に笑ってさあ、話をしててさあ。ああ、まだ良いかなあって思っちゃうじゃん?」
 頭が割れるように痛い。
 脳裏に浮かんだ人物が、振り向こうとした瞬間、ざり、と音を立てて、弥生さんは足を止めた。

 目的地に着いたのかと、顔を上げる。そこにあったのは一般的な一軒家だ。二階建てで、瓦屋根で、曇りガラスの引き戸。
 弥生さんがインターホンを押せば、一瞬、空間が静まり返った。インターホンはただのボタンだけ。室内との通話機能は備わっていない。家主は誰も居ないのだろうか、と思うと同時に、ぱたぱたと駆け足気味にこちらへ向かってくる足音があった。
 少しだけ、聞き覚えのある、軽やかな足音だった。大人ではなくて、身体の軽い、子供のような。
 長考する間も無く、引き戸は開かれる。
 弥生さん越しに、玄関先に人影が見えた。
 玄関先に立っていたのは、苺音ちゃんだった。思わず驚いて目を開く。彼女が出迎えた、ということは、ここは、彼女の家なのだろうか。
 ふわふわと長い髪を風で揺らし、訊ねたのが俺達なのだと分かると、少し驚いたように目を開く。彼女はサイズの合っていない、誰かのサンダルを履いて俺達を迎えた。大人の誰かが愛用している物なのだろう。
「おじさん、どうしたんですか?」
「あ、え、えっと……」
 目の前にやってきた彼女の視線に合わせるように、少しだけ膝を曲げてみれば、彼女は相変わらず真っ直ぐと俺の目を見る。
 目が合うと、彼女の瞳が一瞬だけ揺らいだように見えたが、彼女は少しだけ目を伏せて、すぐにまた俺の顔を見る。
「入ってください」
 彼女の声は少しだけ震えていた。どうしたのだろうか、そう思って彼女の頭に手を乗せようとしたとき、よし! と弥生さんが声を上げたので肩が跳ねて動きが止まる。
「お言葉に甘えて、おじゃましよう」
「え、ちょっと待って。大人が居ないのに、入るのは……杏哉くんもいないし」
「まあ色々と準備があるんだろ。だから大丈夫だって。寧ろ今このタイミングしかないし」
 それだけ言うと、彼は小さく鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩きだす。
 おじゃましまーす、と軽い声色で挨拶をして、靴を丁寧にそろえながら、家に上がる。
 彼の背中を少し見送っていると、くいっと服の裾を摘ままれた。見下ろせば、苺音ちゃんが引っ張っていて、俺を見上げている。
 小さく苦笑いを浮かべて、俺も彼の後に続いた。

「ただいま」

 自分が口にした言葉に違和感を覚えたのは、靴を脱いで、玄関マットを両足で踏んでからだ。
 どうして、俺はただいまと口にしたのか。
 俺の家は、あの、大きくて古い本の山で。ここは、苺音ちゃんと杏哉くんの家なのに。
「おじさん?」
 家の中から呼ばれて、はっと意識を戻した。彼女は真っ直ぐと俺を見ていて、疑問気に首を傾げている。
 どうしてこないの? と問うているように思えた。
 まるで足の裏に根が生えたんじゃないか、と思う程に自由に動かせなかった一歩を踏み出す。ぶちぶち、と根っこが引きちぎれるような音が聞こえた気分がした。
 こっち、こっち、と弥生さんが呼んでいる。そんな彼の呼び声に応えるように、苺音ちゃんが俺の手を引っ張る。
 玄関から上がると目の前に十字路の廊下があった。右は、二階へ続くのだろう、階段と階段のスペースを利用している靴箱。左は、各部屋へ続く廊下。目の前は、キッチンへ続く廊下。俺を呼ぶ声は、左側のとある一室からしているようだった。
 ズキン、ズキンと頭が痛む。
 一番手前にあった障子戸を開けば、8畳ほどの居間が2部屋繋がっていた。座卓と座布団が数枚置いてあり、薄型のテレビが置いてある、至って普通の部屋だった。
 声がするのは、手前の部屋と隣り合わせの位置にあるであろう、襖で遮られている部屋からだ。
 ゆっくりと襖を横に引いた。そこはどうやら仏間だったようだ。部屋の隅に、金色の仏壇が置かれている。
 弥生さんは、その部屋で正座をして、こちらに背を向けていた。
「……なあ、本当はどこか察してたんじゃないか?」
 ズキン、ズキン、ズキン、と頭が更に大きく痛む。
 弥生さんと向かい合う様に置かれているのは、小さなテーブルのようだった。主張が激しいわけではないが淡い色合いの菊などの花々。灰が小さな山のように盛られ始めた線香立て。真ん中に置かれた、白い箱。俺はこれを知っていた。
 そして、何よりも主張が激しいのは、笑みを浮かべている、俺の写真だ。
 は、と小さく息を飲む。

「知唐が、死んでるってこと」

 窓でも開いていたのだろうか。ふわり、と空気が入れ替わったような心地がした。

「……え、」
「……まず言うけど、遠野知唐、お前と遠野杏哉くんは、兄弟だ」

 脳裏に居た人が、完全に振り向いた。
 振り向いた顔は、俺の良く知った顔、杏哉くんだった。脳裏に浮かぶ彼は、寂しそうな、今にも泣いてしまいそうな顔をして、俺を見ている。
「彼は遠野杏哉。遠野家の次男。そんな彼の兄が、お前、遠野知唐。身に覚え、あるんじゃねーの」
 ぼう、とした意識の中、一歩、二歩、と足を後ろに動かした。
 仏間と隣り合わせの部屋をふと見渡せば、沢山の額縁が飾られていた。賞状が数枚、苺音ちゃんが笑みを浮かべている写真。入園式当たりであろう、制服を着ている苺音ちゃん。七五三なのだろうか、鮮やかな着物を着つつ、少し目元を赤くして、少しだけ不機嫌そうな顔をしてる苺音ちゃん。
 その中に、二人の男性が並んでいる写真が何枚か飾られていた。
 そのうちの一枚に、俺は目が離せないでいた。
 一つのホールケーキを前にして、二人並んでピースサインをして、満面の笑みを浮かべている少年二人だ。ホールケーキにちょこんと乗っているチョコプレートには『お誕生日おめでとう 知唐くん 杏哉くん』と書かれていた。
 右の隅に、日付が記されている。今から20年以上前の、3月1日だった。
 頭が痛くなってきて、痛みを逃がすようにくしゃり、と前髪を握りしめる。

 こぽり、こぽり、と水の音が耳に入ってくる気がした。耳に入って、そのまま脳へ直接訴えてくるかのように、身体全体がその音を拾っている。
 こぽり、こぽり。
 口から空気が泡となってぼこりと零れる。
 水に包まれて、視界は最悪。水の中では、とてもじゃないが何も見えない。
 ごぼごぼ、と口から泡が大量にこぼれる。口を開いてしまって、声の代わりに空気を蓄えた泡が大量に逃げて行った。
 視界はぐにゃりと曲がったかのように見えて気持ち悪い。手を伸ばそうとも体は一向にいうことをきかない。
 上も下も右も左も分からない。何が正しいのかも分からない。何にしがみつけばいいのか、縋ればいいのかも分からない。伸ばした腕は、絶対に、何も掴めない。
 「誰か」そう口にしたくても、救いを求めたくても、潰れそうなほどの痛みを訴える肺が、喉が、それを許してくれない。必死に伸ばした腕が、何度も空ぶって何も掴めない。握った拳の中には、何も無い。本当に俺は腕を伸ばしたのだろうか。腕を伸ばして助けを求めたのだろうか。
 本当に?
 恐怖だけが、脳内を占めていた。
 どうどうと大きな音が、目の前に迫る。
 水の中が、恐怖が、どうしてこうも鮮明にありありと思いだされるのか。
 当たり前だ、これは、俺の体験した記憶。

 視界が大きく揺らぎ、恐怖が湧き上がる。ふっ、と一瞬足が宙に浮かんだような気分がする。足場が無くて、バランスを崩す。足元を見れば、俺の身体はもう水に浸かっていた。
 その恐ろしさに息を飲み、その場でたたらを踏む。
 ふらりと大きく揺れた体は、バランスを崩してその場で尻餅をついてしまう。
「おじさん?」
 大丈夫? と、突然座り込んでしまった俺に向けて、少女が問う。
 ――おじさん、そうだ。最初から、答えは出ていた。苺音ちゃんは杏哉くんの娘。そんな杏哉くんと俺が兄弟だったのなら。
 彼女は、俺の姪っ子。幼いころから、ずっと俺に懐いてくれた、可愛らしい姪っ子。彼女からすれば、俺は、叔父さん。
「……思い出した」
 胸元を握りしめて、ぽつり、と呟けば、弥生さんが俺の腕を掴んで立ち上がらせる。苺音ちゃんは、不思議そうに首を傾げていた。
 ここ最近、酷い頭痛に悩まされている。
 元々片頭痛持ちで、雨の日など、気圧が変化する時には締め付けられるような痛みを伴う体質ではあるものの、最近の頭痛は無視できないものになっていた。
 薬を飲んでも、休息を得ようとも、それは変わらず、ただ割れるように痛かった。
 ああ、死ぬのかもしれない。
 安易にそう思った。

 公務員は楽でいいね。たまにそんな言葉を頂いてしまう時がある。その言葉を貰ったときは、あはは……と苦笑いを浮かべて誤魔化した。その人のイメージでは、公務員は残業なしで仕事内容も簡単なものだと思っていたのかもしれない。確かに、俺は貴方のように精密な作業をするための機械をいじることは出来ないけれどもね。
 ずずっ、とブラックの缶コーヒーを飲みながら、目の前のパソコンと俺は真剣勝負を繰り広げていた。ダカダカダカ、とキーボードを打つ音が響いている気がする。この仕事になってから、俺はブルーライトカットの眼鏡を買った。そのメガネを軽く外して、目頭を指で押さえる。
 楽な仕事なんて、そうそうあるわけねえだろうがクソっ。
 俺は周りに誰も居ないことを良い事に思いっ切り力強い舌打ちをした。
 ああ、頭が痛い。
 社会人になると一気に日々の過ぎるスピードがあっという間すぎて笑う。
 省エネを促しているポスターを横目に、自分の席付近の電気だけがついて、パソコンと向き合っている。暗い部屋の一か所だけ着いている電気。その中央に居る俺は、何だかスポットライトの中にいるみたいだ。
 新年度へ向かうこの時期は、どんな会社でも多忙期だろう。俺が務める役所も、例に漏れない。
 役所は、約3年付近で部署が変更になる。俺の後輩も、来月は別の部署へ移動となる。その手伝いに追われる日々だ。
 そうした忙しい時期に差し掛かる先月、親戚のおばあさんが亡くなった。詳しく言えば、祖父の姉、つまるところ大叔母だ。3親等には含まれないので、普通に有休を使って休みを貰った。休んだ当日は、来客が多くて多忙だったと聞いている。その分、俺に仕事が少々回ってきた、というところだ。
「クリーニング……明日、取りに行かないとだな」
 誰も居ないことをいいことに、ぼそりと小さく呟いた。喪服、クリーニングに出して、全然引き取りに行っていなかった。申し訳ない。
 少し遠い目をしながら、画面と向き合う。

 最初は、司書になりたいと思ったのだ。
 だが、図書館司書の正社員の門の狭きこと。倍率を確認して、俺は直ぐに匙を投げた。少しだけ本を読むのが好き、本に囲まれているのが好き、という理由だけでは、簡単にはなれないのだ。
 それでも、地方公務員という職の倍率も高い。大学時代は勉学に励み、個性をアピールできるようにボランティア活動も行った。面接では、噛んだりアホな返答もしてしまって試験官に何回か笑われたけれど、こうして受かっているのだから、俺は中々に運が良い。
 23歳から市中の役所で務めて、1回部署移動して、2回目である今は広い市内の外れにある事務所で日々働いている。
 どこでも、沢山の人が頑張っていて、働いたり学んだりして生きている。そんな沢山の人々の少しの手助けにでもなれるなら……とずっと思っていたし頑張っていた。
 大切な息子が亡くなって、手続しているときに泣きだすお母さんやお父さんも居た。奥さんを亡くして悔しそうな旦那さんもいた。おばあちゃんは安らかに逝けて幸せ者だった、と寂しそうにだけどどこか安心するように話す孫も居た。沢山の人がこの施設に来た。
 窓口で向き合いながら、何度もハンカチやティッシュを差し出した。死というのは辛いししんどいものだ。
 俺は何度も葬式を経験している。
 生きている限り、人は死ぬ。だから、周囲の人物が亡くなることは、決しておかしなことじゃない。一人、一人と亡くなるたびに、死は身近なものになっていく。
 幼少期から、どうも死という存在は近かった。
 高齢の身内が多かったのもあるが、今の自分の年齢の割には、人の死というものを何度か経験していた。
 壽命や癌などの、小説や漫画では話題にもならない死因。だけど、当の本人たちである俺達からすれば原因なんて関係ない。ただ、その死と言うものに寂しさが大きいのだ。
 だから、泣きだしたのなら、どうぞ泣いてくださいと言う空気を醸し出す。おかげで俺は仕事に行くときに、綺麗なハンカチ数枚と箱ティッシュを持ち歩くようになった。いっぱい使ってくれ。時間が許す限りなら話を聞いて、少しでもスッキリできたらと思って相槌を打つ。悲しみを我慢するというのは、どこか臭い物に蓋をする的なところがあって、無視しようとか考えないようにしようとしている間はいつまで経っても、その匂い物が残り続ける。だから、その蓋がずれたのが分かった時は、そっと外すのだ。少しスッキリした表情を見せてくれた時は、あぁ良かったと一安心できる。
 でも、その様な人々はキチンと話を聞いてくれるし必要な書類を書いてくれるから良い。
 中にはとんでもねえクレーマーが居たり、しょうもないことで電話してきたり窓口に来たりもする。いや知らねえよ、貴方の家の庭に咲いてる花の名前なんて知らねえよ! なんていう愚痴は口にせず、花の特徴を聞いて調べてお答えした。

 ダカダカとキーボードを打ち続けていれば終わりが見えた。ッターンッ! と勢いよくエンターボタンを押せば、本日の仕事は無事終了! 終わった! と思いっ切り拳を突きあげた。俺は勝ったのだ……!
 ちらりと時計を確認すれば、日付が変わる前に無事に終えることが出来た。
 たまに、電気がついているとクレームがやって来るのだ。こんな時間まで電気ついてて、俺等の金で何やっているんだ! と。だからこそ、使用している箇所以外の電気は消して、こっそりと、隠れるように仕事をしているのだ。悲しいかな。
 最後の確認を済ませて、不備が無いことも確認したし大丈夫。デスク周辺の片づけをして、電源もきちんと消してあるか一つ一つを指さしながら最終確認して、窓も閉まっているか確認。よし! と頷く。宿直さんにお疲れさまでしたと挨拶をしてから、職員用の扉から出る。
 どうしようかな、明日は休日だから今日は何もしないでいいかもしれない。今日の夕飯ビールでいいかな……いやここ数日ずっとビールだけど。家に着くのが真夜中になるのが多くて、食事をするのも面倒くさくなり、ビールなら炭酸だから腹膨らむし程よい量の酒なら眠気も来るから……と暫くずっとこんな調子だ。冷蔵庫の中はビールとほんの少しの調味料しか入っていない気がする。俺も、30歳。こんな生活では、そろそろ怒涛の勢いで太り出すかもしれない。

 元々実家から通っていた俺だったが、この担当地域の端に建っている事務所に異動が決まって、俺は実家から出て一人暮らしを始めた。実家からも通えはするのだが、少しでも通勤時間を減らしたかったのだ。
 実家から向かうには電車で少しかかる、郊外の日本家屋、という位置。だからこそ、逆に今の端っこに存在する職場からだと、通勤は徒歩でも可能。そんな場所。
 俺が住んでいる家は、遠い親戚がだいぶ前に住んでいた。その親戚に会ったことはない。管理ができるなら使ってくれと譲ってくれたのだ。読書家の家系らしいこの屋敷には、どこかの市立図書館レベルの量の本が置いてあるんじゃないかと言わんばかりである。本好きの俺は、得をしたと力強いガッツポーズを決めたものだ。

 田舎で元々本数の少ない終電車は、もうとうに終わっている。遠くに見える駅舎も、ホームも、照明が落とされて暗い。駅内に経営しているコンビニも、24時間営業なんてしておらず、とっくに明かりを消している。駅周辺の商店も、住宅も、明かりの漏れている建物は少なく、田畑はもとより夜の闇そのものみたいに真っ暗、というか真っ黒に映る。
 夜になると光がなくなる。この町は、驚くほど従順に、夜に飲み込まれていく。
 清潔な暗闇が、街を覆う。
 家路を歩いている最中に、スマホがポケットの中で震えた。
 慌てて取り出して画面を確認してみれば、表示された文字は『遠野杏哉』。実の弟からの電話だ。街明かりが無い真っ暗闇の現状、誰かとすれ違えば、俺の顔が浮き上がっている状況になり、相手にはトラウマを植え付けてしまいそうである。
 まあ、すれ違う人なんて、そうそう居ないのだけれど。
 数コール経ってしまった後で電話に出る。
「もしもし」
『今大丈夫?』
「大丈夫だよ」
 ごう、と音を立てて、俺の横をトラックが走り去った。田舎の分類に入るであろうこの町は、ガードレールや縁石すらない。細い道を示す、白線が掠れながらも存在しているだけだ。
 車の音が聞こえたのだろう、電話の向こうから、外に居るの? と問われた。
「今、帰りなんだ」
『今日、土曜日じゃん』
「今の時期は忙しいんだよ」
『大変そうだね』
 俺の一歳年下の弟は臨床検査技師に就いている。職の名を言われても、当時の俺にはピンと来ないで、どういう職業? と申し訳なく聞いたら、血液検査とか尿検査とか諸々の検査をする仕事だよ、と大雑把に面倒くさがられながら説明された。
 その分野を専門に学ぶ学校に進学し、そこで出会った女性と晴れてお付き合いをし、そのまま二人は同じ職場に就職し、そのままの流れでゴールインを迎えた。彼が22歳のことだ。そしてその同年、二人の間に可愛らしい女の子が生まれた。俺にとっては姪っ子になる。夫婦それぞれの良いとこどりをしたような、可愛らしい少女だった。
『苺音もね、話したがってたよ』
「それは申し訳ないことをしたな……」
 姪の名は苺音ちゃん。初孫となる彼女は大層かわいがられ、身内から沢山の愛を貰っていた。その可愛らしい姿は、仕事で荒れた俺からすれば眩しい物だったし、俺にとっても宝物のような存在だった。

 実家から離れて3人で暮らしていた弟一家。臨床検査技師の給料は、国家資格を必要とする割には、多額ではない。夫婦共働きをしないと、安定した生活をするには難しかった。
 夜勤も存在する職業。弟は、夜勤専属の技師になった。夜勤は手当てが出るために、昼間に働くより給料が良い。一家で暮らすために、弟は必死だったのだろう。
 けれど、二人が結婚し、苺音ちゃんが生まれて3年後。杏哉が25歳、俺が26歳の時。俺が家から返った時、実家に杏哉と苺音ちゃんが居た。
 遊びに来ていたのか、と思ったのが違った。どうにも揃って神妙な顔をしていて、軽率に話しかけて良い雰囲気ではなかった。
「別れたんだよ、嫁さんと」
 妙に凛と張ったその声色に、俺は一瞬自分の耳に違和感を感じた。弟の声だけにピントが合って、あとの音がすべてぼやけているような感覚だ。別れた、口の中で復唱して、その意味を噛み締めるが、いまいち上手く情報を処理出来ない。
 そもそも、当事者である弟が、まるで他人事の様に言うものだから、俺の方が受け止めきれなくて。座卓で腕を組んでいる弟の横に腰かけて、顔を覗きこんだ。
「俺は真夜中だろ? んで、あいつは昼間働いて。時間が全然合わなかった。夜勤だから、昼間は家に居るから、昼間寝て、夕方あたりに起きて、家事をして、俺が迎えに行く。あいつが帰ってくるまで苺音と一緒に居て、あいつが帰ってきたら俺が出勤する。見事にすれ違ってて」
「うん」
「それで、仕事から帰ってからとか、休みの日とかも、俺疲れたりして、あいつのこと、ほったらかしにしてて」
 それは、杏哉が悪かったかもしれない。でも、話し合う機会があれば、この人はきっと努力しただろう。
「俺、全然あいつの気持ちとか、解ってなかったみたいで、それで」
 そこで、杏哉は一度息をついた。深くて、重い。長く長く息を吐ききってから、肺の中を入れ替えるように大きく吸い込んで、杏哉は首を少し傾けて俺に視線を送った。
「俺と苺音を置いて、出て行っちゃった」
「……そっか」
「苺音に悪いことをしたなあ」
「……けれど、がんばったね」
 スムーズに何かをなんて言える訳がない。どれほど緊張していると思う。それでも、確実に今、伝えるべきだと思った。いくら市役所で来客対応して、色々な人と出逢っても、他人と身内とでは全然違うのだ。まさに、他人事では済まされないのだ。
 さて、精一杯の言葉は本人にどう届いたのか。恐る恐る顔を上げると、杏哉はぽかんとした顔でこちらを見ていて、それから、目が合うと一気にぐしゃりと顔が歪んだ。
 あ、零れる。と俺が思った瞬間には杏哉の涙は瞳からこぼれ落ちて、食いしばった歯の隙間に吸い込まれていった。とめどなく追って出てくる雫は顎を伝って、座卓の上に水たまりを作っていった。呻くような声を上げながら泣く弟を、体中の水分が涙になっちゃって、消えてしまったらどうしようと思いながら、俺はただ見つめていた。
 元々、彼は器用な人間であった。自分の力量を大体に理解し、可能な範囲を見極めることができる。失敗、という経験をあまりしないで生きてきたのだ。ある意味、才能であったと思う。逆に俺は不器用な人間であり、自分の力量も見極めきれずに、数多くの失敗を経験してきた。
 だからこそ、俺は弟が羨ましいと、この20数年の間、思っていたのだ。俺にない物を持っている弟が、ズルいと、思ってしまっていた。彼は俺とは違う、他人なのではないかと、思っていたのだ。
 だが、そんな弟が、こうして生まれて初めての挫折を味わっているのだと思うと、俺は最低な事に、生まれて初めて、彼が俺の弟なのだと認識できた。
 そんな俺を認識して、俺は、自分に酷く嫌悪を抱いたのだ。

 まあそれ以降、杏哉は実家に戻ってきたわけだけれど、元々一緒に暮らしてきた身だし。何か関係が大幅に変わるわけでもないし。両親も両祖父母も、何かとやかく言う事は無かった。兎に角、初孫で初曾孫ある苺音ちゃんにデレデレで沢山世話を焼いていたので、杏哉も少しは気を楽にして、転職して、新しい職場で働き始めた。
「おじさん、きょうもごほんよんで」
「ん、良いよ」
 運が良いのか、どうしたことか、俺は姪っ子に懐かれた。気が付けばいつも俺の後をついて、いつも俺を呼んでいた。服を引っ張られたら、彼女を抱きかかえ背中を撫でる。
 甘やかさないでよ、とジト目で杏哉が言うので、どうしたもんかと悩んだものである。
 俺の異動が決まって、実家から離れるとなった時に、一番反対したのは彼女である。
 普段はおとなしいのに、ぎゃんぎゃんと大きな声で泣いて、俺の服を必死に引っ張って、いかないでと必死に叫ぶ。家族にも近所の人にも、後程笑い話にされるネタとなった。
 けれど、決まってしまったのはしょうがない。必死に彼女の顔を拭ってやって、宥めて、頭を撫でてて。
「いつでも遊びに来て良いからさ」
「ぐす、行ぐ……!」
「うん。パパと一緒に遊びにおいで」
「うん」
 大粒の涙をボロボロと零しながら、全ての言葉に濁点が付きそうな声色で言うものだから、思わず笑ってしまった。
「苺音ちゃんの誕生日。一緒にお祝いしようね」
「約束だよ。絶対だよ。これからもずっとだよ」
「うん。分かったよ」
 指切りをして、約束。俺と杏哉は偶然にも誕生日が一緒で、丸々一年歳が離れている。だから、まるで双子のようだと一緒に祝われてきた。苺音ちゃんが産まれ、彼女は毎年欠かさず、父親である杏哉と叔父である俺におめでとうと言葉とプレゼントをくれる。だから、俺等より後に誕生日が来る彼女の誕生日には、お礼も含めて、美味しいケーキをプレゼントするのだ。

『……おい、おい兄さん』
 呼ばれてはっと顔を上げる。随分長く回想してしまっていたらしい。声の主に意識を向ければ、少し困ったよう溜息を吐く弟。
 気が付けば俺は我が家に着いていて、鞄を放って、ジャケットも放って、家の中を歩き回っていた。
『あ、そろそろ時間だな』
 それだけ言うと、ガサゴソと電話の向こうから音が聞こえる。
 遠くから、おーいと誰かを呼ぶ声。通話を繋げっぱなしだから、スマホを耳にあてながら、テレビをつけた。
 時間は、丁度日付が変わろうとしている瞬間だった。
 パッと時刻が0:00を表示した瞬間――……
『パパ、おじさん、おたんじょぉびおめでとお!!!!!!』
 スマホの向こうからの突然の大きな声に、キーンッと耳鳴りがした。思わずスマホを耳元から離してしまったが、すぐに元の位置に戻す。
 大きな声で多少音が割れてしまっていたが、声の高さ的に女性で、更に言うと、彼女からのメッセージなのだとすぐに察した。
「苺音ちゃん?」
『……はい』
「ははっ、声がショボショボしてるよ。こんな時間まで起きてくれてたんだ?」
『つい数秒前まで寝てたんだよ』
「なんだ、起こしたの?」
『どうしても、おじさんにもおめでとう言う! って聞かなくて』
「それはそれは、ありがたいねえ。苺音ちゃんありがとうね」
『ん……』
 寝てる寝てる。思わず笑いながら言えば、おやすみなさい……と言う声が遠くなっていくのが聞こえた。6歳の子がこの時間まで起きているのは辛かっただろう。ありがたいけれど、申し訳なさもあるな。
「そっか、今日、俺もお前も誕生日だったか。誕生日おめでとうございます」
『あちがとうございます、おじさん』
「一歳違いだって毎年言ってるだろ……全く」
 額に手を添えて、小さく溜息を吐く。
『誕生日だけど、あと、あのじいさんの命日』
「そうそう。ああ、あと、何人か居たよね。今年は誰も死なないと良いな」
 俺達が祝福されるべき誕生日に、亡くなる人が多い因果があるのかもしれない。その度に葬列に参列したものだ。幼い頃は、その度毎に、新しい喪服を着た。
 誰が居たかな、と片手で指を折り曲げて、頭の中で数字を唱えて数える。
『それで、もう今日になったけど、苺音と遊びに行こうって話、してたじゃん』
「あ、」
 思わず口元に手を添えて、慌てて声を封じようとした。
 彼の言葉を聞いて、俺の脚は風呂場へ向かった。ビールを飲んで夕飯を終えて、明日の朝にシャワーを浴びようかと思ったが、予定変更だ。
 大変申し訳ないことに、予定を忘れていた。
「お祝いするって苺音ちゃんが言ってくれたの、嬉しかったよ。大丈夫だよ。お前も一緒に来るんでしょ?」
『まあ、ね』
「どこ行く予定なの」
 シャツの腕を捲って、バスタブに洗剤をかけてからブラシで擦る。今の洗剤はバスタブを擦る必要はありません、とCMしているが、本当に大丈夫なのだろうか……と不安になる為、つい擦ってしまう。
『決まってない……』
「なんだよ。決めてから言ってくれよ」
『じゃあ、アンタはどこか行きたいところあるの』
「えー……最近はどこも出掛けてないからな。どこが良いのかも分からない」
 世間ではどこが話題に出ているのだろうか。SNSをやってはいるが、最近は流し読み、それどころか疲れてアプリを開いてすらいない。疲れている時に、新たな情報を脳に入れるのは、とても疲れる。
 一通りバスタブを洗って、シャワーで泡を流す。最近の洗剤は、泡切れも早くて良い。
『……アンタ、大丈夫か』
 泡を全て流し終えた所で、彼の言葉が耳に響いた。思わず動きが止まって、息も止まったような感覚だった。
 少しだけ開いた口を閉じて、入ってきていた空気をごくんと小さく呑み込んでから、シャワーを止めて、栓をし、お湯を入れた。
「大丈夫だよ」
『うそ。アンタ、嘘を吐く時って、ちょっと間を空けるんだよ』
「そんなことないってば」
 ついやけになって、彼の言う事を否定するように、即座に返答する。その声は、少しだけボリュームが大きくて、乱雑だったかもしれない。
『アンタは旅行が好きで、いつだってどこかに行きたいとか、色々な観光地や穴場スポットを探すのが好きだったよな』
「い、まだって好きだよ」
『それもうそだ』
 真っ直ぐな声を聞いて、眉間に皺が寄ったのが分かった。
『最近、俺達と会わないよな。迎えることが出来ないからって、来るなって遠回しに言ってたし』
「……それは苺音ちゃんには申し訳ないと思ってるよ。だから、明日会うんだろ」
『ねえ、兄さん』
「いつも通り、10時頃に家に来て、どこか食べに行こう。ケーキも買ってさ。そこから、そうだ、海にでも行く?」
『兄さん』
 名を呼ばれて、ぺらぺらと自転車の空漕ぎのように回っていた舌が、急に落ち着いて来た。
『話を聞けよ。だから、出掛けるのは止めようかと思ったんだよ。こっちだって、お前に合わせるし、出掛けるのはいつでもいいんだから』
「大丈夫だよ」
『無理に、俺達を気にし続けなくても』
「大丈夫だって言ってるだろ!」
 俺は、彼の言う通りに疲れていたのかもしれない。
 出来る限り、俺は人と丁寧に接しようと考えて生きてきた。そうすれば、敵を作らないからだ。それは家族も一緒で、弟に対してだって、いつだって笑みを浮かべていたはずだった。
 その化けの皮が剥がれ始めていた。
 それに自分で気が付いて、は、と少しだけ自虐気味に口角が上がった。
「……ごめん、忘れてくれ」
『兄さん、』
 彼の返答を聞かずに、俺は通話を切った。
 スマホの画面には、通話終了を示す画面が表示され、すぐにホーム画面に戻った。
 何をやっているのだろうか。弟に対して、当たってしまった。彼は誤解しているようだったが、俺は決して、彼女と会うのは苦痛ではない。むしろ、会うのは、俺にとっての一番の楽しみでもあったのだ。

 謝らないといけない。
 だけれど、今の気分のまま通話したら、先程の気分が尾を引いて、上手く言葉に出来なさそうだ。
 日が昇ってからでも良いだろうか。大丈夫、俺達は家族だから、いくらでも時間はあるのだ。喧嘩だって何度もして、日付を跨いだことだって何回もある。その都度、互いに素直になれないまま言葉ばかりの謝罪を口にしたのだ。
 今回もそうだろう。
 折角湯を入れたのだ。気持ちを落ち着かせるために、風呂にでも入ろうか。
 スマホの画面を伏せるようにしてテーブルに置いて、着替えを手に、浴室へと足を進めた。

 湯船に浸かるのは随分久しぶりだった。
 少し熱めのお湯に肩まで浸かっていれば、意識がうつらうつらとして来る。もう日付を超えた時間だ。眠気が襲ってきてもおかしくない。
 風呂に浸かりながら思わず欠伸をして、少しだけ、少しだけ寝てしまおうかと、重たい瞼を閉じる。
 こぽり、こぽり、気泡が水面へ向かって行く、心地よいような音が脳裏に響く。
 水の音どれだけ聞いていたかは分からない。けれど、次第に音が何も聞こえなくなってきて、視界が真っ暗になった。
 
 そこからの、記憶はない。
 居間に飾られているカレンダーは、2個ほどあった。一つは一月ごと捲っていくタイプ。もう一つは、2月分が記されている、縦長のカレンダーだった。
 先日お祝いした、苺音ちゃんの誕生日。3月31日には、ちゃんと『苺音誕生日』と記されている。
 そして、3月1日の箇所には、『知唐、杏哉誕生日』と記されていた。
「3月1日、誕生花は杏。俺の唐は杏の別名が唐桃だから。杏哉くんも杏からきてる」
「花言葉は?」
「臆病な愛」
「ぴったりじゃん。じゃあ、苺音ちゃんは? 名前からもう察して、誕生花は苺?」
「そう。花言葉は、幸福な家庭」
「あはは、まさしく君達らしいな。幸福な臆病者って感じで」
「皮肉は止めてくれよ」
 そして4月。4月18日には、四十九日法要と記されている。
 3月1日からずっと、カレンダーには色々と書き込みがされている。誕生日に関して書き記している字とは違う筆跡。見覚えがあるのは、予定を書き記している筆跡だった。これは、杏哉くんの字だ。
「あの日、お前は日付が変わるであろう時間に家に帰った。その後、お前は風呂場で眠って、死んだ。風呂場で寝るのって気絶と一緒なんだぞ。本当に馬鹿だよなお前」
「馬鹿って言うな」
 いや、自覚はしているけれど。
 けれど、風呂場で寝て? 死ぬ? 要は溺死? マジか、これはちょっと笑えねえわ。
「でも、俺ってあの家に一人暮らしだっただろう? 誰が見つけたの?」
「……杏哉くんだよ」
「え?」
 間の抜けた顔をして彼の横顔を見る。
「お前が死ぬ前に、お前等は電話越しで少し喧嘩した。……まあ、杏哉くんも喧嘩して居心地が悪かったのか、謝ろうとしたんだろう。それか、嫌な予感でもしたのか。些細な口喧嘩なら今までやってきたのに、変に胸騒ぎでもしたのか。偶に、凄い敏感な人間っているよな。すぐに家に来たよ。そして、最初に沈んでいるお前を見つけたんだ」
 ぐ、と下唇を噛み、拳を握る。
 声が脳内で木霊する。いつも落ち着いて喋る彼が、何度も、何度も兄さんと俺を呼ぶ。それに対して俺は、何も言えなかった。
「『忘れてくれ』……お前が電話した時の最後の言葉だ。アイツにとっての、兄に言われた最後の言葉になるな」
 口元に両手を添えて、そのまま首を垂れる。
 脳裏に浮かぶ、海での彼の言葉。
 ――違う、俺だ……俺だよ。お前を追い込んだのは、トドメを刺したのは、間違いなく俺なんだ。
 ――ごめんなさい、ごめんなさい……。
 まるで罪人のように跪く姿は、俺に対して許しを乞うていた。けれど、それは、俺も同じだ。
 俺が、あの子をここまで追い込んでしまった。責任を感じさせ、心に傷を負わせてしまった。トドメを刺したのは、間違いなく俺の方なんだ。
「葬式を終えての弟くんは、それから暫く抜け殻みたいだった」
「……うん」
「まあ、そう言われても、俺は俺の仕事がありますし。お前と会ったわけですよ。こいつも若かったから未練もあるんだろうと、49日間は好きな事させてやろうって思ったんだ。そうしたら、まさか記憶が無いとは思わなかったけど」
「……玄関先で話しかけられて、初めて会ったんだ」
 ぽつり、と声が零れる。
「俺は分からなかったけど、あの子は分かってたのかな。いや、すぐに分かったんだろうなあ」
「……」
「俺は死んでる身だし。なんで居るんだと思ったんだろうなあ。不思議な経験をしてる自覚合ったのかな」
「……」
 納骨箱を前に、まるで他人事のように見つめて、ははっと小さく笑ってしまう。
「誰の所為でもないのにな」
「そうだよ。誰も悪くなかったよ。強いて言うならお前が寝たのが悪い」
「違いない」
 あの子はどうも、不幸とか責任を率先して引き受けようとする。それが彼自身が己の為にやっていたのだとしても、俺の馬鹿な不幸など、背負い込まないで。馬鹿な奴だったな、で終わらせてくれればよかったのに。
「この中に、俺が入ってるの?」
「そうだよ」
「ふぅん」
 不謹慎だが、こつこつと納骨箱を叩こうとする。だが、俺の手はそれをすり抜けた。
 ああ、そうか。俺の中見、ここにあるんだった。肉体が無いんだから、こっちのモノ……現実のモノは触れないに決まってるか。
「俺ってこんなに小さくなるんだね」
「そりゃあ砕かれるから」
「粉々に?」
「粉々って程ではないけど。入る程度に」
「あー……そういえばそうだったね」
 過去の葬式の事を思い出す。長い箸をもって、一つ一つ丁寧に白い骨を骨壺入れる。ご飯を食べる時と大して変わらない動作に、拍子抜けしたことを思いだした。
 ガンガンとくだかれて、あんなに小さくまとめられて。少し粉々にされる部位もあったかもな。死んでて良かった。生きていたら、それこそ死にそうになるほど痛かっただろうな。
 俺の地元は、限られた人数で、全ての骨を拾う。全て、粉になったものまで、全部。
 あの子は、俺の骨も拾ったんだろうか。
「俺達は、昔から葬式に縁があったからなあ。あの子も、手慣れたものだっただろうな」
「てきぱき動いていたぞ」
「素晴らしいな」
 ふふ、と小さく笑みを浮かべた。飾られている俺の写真も笑っている。俺、こんな顔をして笑っているのか。いつの写真だろう。
「元々お前等は、身内の葬式が多かっただろう」
「うん、そう。しかも、俺等の誕生日に亡くなる人も多かった」
「そう。だから、元々お前等は死が近い存在だったんだ。世界の境界線が、あやふやになりそうな、そんな状態だったんだ」
「そして、俺が俺達の誕生日に死んだから、杏哉も、一緒に居た苺音ちゃんも境界に入りやすくなってしまった……と」
「そういうこと」
 ぽつり、ぽつりと呟く言葉に、弥生さんの目は真剣なものになる。
 小さく息を吸ってから吐きだして、心を少し落ち着かせる。
「……お前が死んで、48日だ」
 彼がポツリとつぶやいた言葉を聞いて、彼の方へ顔を向けた。
「まだ、それだけなんだよ。知唐。お前、生きてたら、まだ30歳だったんだよ。なったばかりだったんだぞ。まだまだこれからだったんだ」
「あー……そうか。まだ、って歳だったのか。俺」
 自分ではまあまあ生きたなと思ったのに、数字で表されたら、半世紀も生きていなかったことに驚いた。
「弟君は、お前が亡くなったことは分かっている。理解している。けど、お前を見て懐かしさを感じている。あの顔は、そんな顔だ」
 幼い頃、何をする時も一緒に居た兄は、命を終えた。その喪失感はどれだけだったのだろう。
 全てを忘れ去ることはできない。
 新たな家族を持っても、忘れられない。
 記憶が無くても、懐かしさを感じてしまった。
 自惚れでなければ、血の繋がった兄弟とは、そういうものなのだろうか。
「なあ知唐。お前に残された時間は、あと1日だよ」
「……うん」
「1日経ったら、お前を連れて行く」
 ああ、だから卒業ね。
 管理人さんの言葉の意味をようやく理解した。この世からの卒業。来世へ向かうために、あえての前向きな言葉であの人は言ったわけだ。
「……君も、一緒に逝くのか」
「それが、俺の仕事だから」
 仕事ならしょうがないな。
 親指と人差し指の爪先をこすり合わせる。カシカシ、と引っ掻く。
「明日、お前の世界が終わるならどうする?」
 顔を上げて、問うて来た彼の方へ顔を向けた。そして、少女の顔が過る。ああ、彼女もどこか分かってたのかもしれないなあ。だから、一緒に居たがってたのかな。置いていくの、申し訳ないなあ。
 何のために、俺はまだここに居るのか。49日間、まだあの世に行っていない、残された時間。悔いがあったからに決まっている。
 けれど、49日間って思った以上に短い。まあ、記憶が無かったから仕方がないんだろうけれど。
 明日、俺の世界が終わる。それならどうする。その問いに、すぐに答えが出せないでいた。
「……まあ、そんなもんだよ」
 生前で悔いがあったように、全ての悔いが無く終われるだなんて、そんなわけがない。それが普通なんだ。結局、何もしない。少女への返答と、全く同じことを実行しようとしている。
「……会わない方が、良かったのかなあ」
 ぽつり、と呟いた言葉。頬に、温かい雫が垂れていくのが分かった。
「それは、俺が答えられるものじゃない」
「……そう、だね。ごめん」
 脳裏に、自身の知っている弟が思い浮かぶ。そんな弟が、もう二度と会えないはずだったのに、目の前に現れた。
 また、姿を見れて、一緒の時間を過ごせた自分は、とんでもなく幸せ者なのだ。

「俺は、死んだんだもんな」
「あの子たちに会いにはいかないのかい?」
 この世界に居座る最終日、俺の目の前に管理人さんが現れた。
 手持ち無沙汰でやることが思い浮かばなかった俺は、何の意味も、必要もないと分かっていながらも、本棚の整理をしていた。
「卒業生がわざわざ会いに行くのもどうかと思いましてね」
「おや、ちょっと嫌味が混じってる?」
「貴方の言葉は遠回しすぎる。率直に言ってくれればよかったのに」
「はは、だって君は記憶が無いのに、ここで楽しそうにしてたから。率直な言葉は無粋かと思ってね」
 お茶でも出そうかと、抱えていた本をテーブルの上に置けば、お茶はいらないよと前もって言われてしまった。
「それで、あの子達には会わないのかい? 最近会ってないんだろう」
 彼の言うあの子達、とは、杏哉くんたちのことだろう。今日で最後だから、会わないのかと、彼は単純に疑問気に聞いて来た。しかし、俺の行動も筒抜けだ。最近彼が来ていなかったことも知っている。
 いや、管理人だからこそ、逆に知っていたのかもしれない。生者がこの世界に来るのは普通ではないはずだろうから。ちゃんと見張っていたのかもしれないな。
 小さく笑い声を零しながら、頭の裏を掻く。
「今頃、墓に俺が入れられるんだと思うんですよ。自分が墓に入るの、見たくないし。それを見届けて、居座る度胸も無いですよ」
 自虐的な笑みを浮かべれば、彼はそんな俺とは対照的に、いつものように微笑んだ。
「それは確かに」
 彼は書庫の中をうろうろと動き回っているようだ。足音と声が、毎度毎度違う箇所から聞こえる。
「今までの人は大体ね、時間が足りないとか大慌てで最終日を迎えていたよ」
「確かに、そうかもしれませんね」
「けれど君は全然慌てないからさ。もう、会えなくなるのに」
 最後の言葉を聞いて、己の動きが全て止まったような気がする。
 そんな俺の様子を、彼は察していたのだろう。こつこつと靴の音を鳴らしながら、俺の元までやってきた。
「他の皆さんは、記憶があったんですか?」
「そうだね。大体の人は、現世のことを覚えていた。君、そんなに現世が……あの子達が嫌いだったの?」
「そんなわけっ……!」
「じゃあ、会いに行かないのかい?」
 また同じことを問われる。
 小さく息を飲む。最初に問われたときよりも、空気を吸える量が減った気がした。
「……俺は、もう、死人です」
 伏せていた顔を上げて、管理人さんの方へ顔を向ける。少し垂れ気味の目尻で、俺を真っ直ぐと見る瞳は、俺の動きを、考えを、じっと見張っているようにも見えた。テストを受ける学生を、じっと見張る先生の視線を思い出した。
「会って、彼等にどうすれば良いのか、急に分からなくなっちゃったんです」
 正直に、ぽつりぽつりと呟けば、じわりと目頭が熱くなってきた気がした。
 込み上げてくるものを我慢するように、唇を噛んで、唇が眼のふちの境界線と同化しているように堪えて。
 あの子達との思い出も、これからやりたいことも、沢山あった。
 去年は紅葉を満喫したから、今年は花見でぞんぶんに楽しみたかった。今年は雪が積もったから、雪かき作業と並行して一緒に雪で遊ぶのが楽しかった。
 全部、思い出してしまった。思い出さなければ、俺は、最後の数十日の楽しかった思い出だけで、満足に全てを終えられていたはずなのに。
 思い出してしまえば、悔いが浮かんできてしまう。
「アンタ等の所為だ!」
 これで最後だと思うと、心に封じ込めてきたものを全てさらけ出したくてたまらない。
 俺はばかだ。思い出さなくても支障はないと言われていたのに、自分で記憶を思い出したいと言っていたくせに。苦しんだ理由を、他人に擦り付けている。
 本当にばかだ。最低だ。
 プツリと切れた唇から、じわりと鉄の味が口内に染み込んでくる気がするせいで、じんわりと痛みの様なものを感じてしまう。
 生きて、沢山の事を見て、楽しんで。幸福だから、もっと生きていたいとも思う。しかし、全く同じ理由で、いつこの生を終わっても悔いがないような気もする。
 なのに、いざ生を終えると、案外、あれもやればこれもやればよかったと、記憶とともに蘇って来て。
 満足していたのに。世界が終わるといわれても、とくにやりたいことは無かったはずなのに。今の俺はどうだ。世界が終わる目前となって、悔いが思い出されてしまった。
 どうしてくれるんだと。胸元を握りしめながら、残り少ない時間で何が出来るんだと訴える。

「会いたいんだ?」
 俺の方を指さしながら、管理人さんは笑みを浮かべながら言う。
 俺との温度差、突拍子な言葉に、ポカンとした間の抜けた表情をしてしまう。
「けれど、自分に素直になるのに時間をかけ過ぎだよ。今どきの子は皆こうなのかな」
「まあ、この子は変に捻くれてはいますよ」
 第三者の声に思わず振り向けば、弥生さんが笑みを浮かべながら俺の方へ向かって歩いて来た。
 ずんずんと進んでくるから、俺はとっさに動くことも出来ないで慌てふためいていれば、彼は俺の許可も得ないで、手首を掴んで強引に引っ張る。
「兄弟そろって、素直じゃないよな」
 彼は笑みを浮かべたまま、庭の方へ向かって進む。そして、初めて会った時に手にしていた杖を、どこからか取り出した。
 久しぶりに見たな、と思えば、彼は自身に杖を馴染ませるようにくるくると回してから、コォンと音を響かせ、地面を突いた。土の地面なのに、まるで大理石に固いものが追突したような音がした。
 はじめてのときも、こんな音がしたな。
 この音は、彼の特別な力を示す存在なのかもしれない。
 突かれた先から、水の波紋のような物がどんどんと広がっていく。
 ふっと、鼻に甘く、しかしどこか優美さを含んだ匂いが掠める。次いで、これから日の陽気を吸収するようなそよ風がびゅう、と頬を凪いだ。
 彼が俺を境界に連れてきた時に、時間を巻き戻したのではないかと、錯覚してしまった。
 春の花独特の、服に染み込むような甘い香りに覆われ、しかしそれでも清廉な凛とした空気のある不思議な空間、そんな場所に俺はいた。
 境界で暮らしていた家と、変わらない景色。
 弥生さんが失敗でもしたのだろうか。そう考えると同時に、ふわり、と温かな風が舞った。かと思うと、管理人さんと弥生さんとは別の人影が見えた。
 あの子達は杏の木の元に立っていた。
 俺は、彼等の背中を見る位置に立っている。
 そうだ、ここは、俺の家だ。現世の、俺の家。周りを見渡せば、境界と同じようで少し違う、季節を教えてくれるような草花がぽつりぽつりと咲いていた。
 その中で境界と同じ様に見事に咲き誇っているのは、杏の花だ。
「現世と無理矢理繋げたんだ」
「そんな事も出来るんだね」
 周りを見渡して驚いていれば、弥生さんが自慢げに胸を張る。
「ただ、こっちから向こうに、もう干渉は出来ないよ。お前が駄々をこねたから」
「……充分だよ」
 つまり、もう少し早かったら、最後に彼等と会話くらいは出来たという事だ。全く、人間、素直じゃないと損をする。
「そうしたら、俺達と一緒に、終わりにするんだよ」
「分かった」
 けれど、自己満足、自己中と怒られても、もう、俺には関係ない。
 一歩、二歩、と歩みを進めて、花を見上げている二人の数歩後ろで足を止める。

「俺、お前に言いたいことはあったんだ」
 小さく拳を握って、呼吸を整えて。
 俺の声を聞いても、二人は振り向かない。
「けど、これを言ったら、もう、二人と会えないような気がして、ずっと口に出来なかった」
 ならば、もう告げなくてもいいのではないか、と挫けそうになる自分を叱咤して、震えそうになる唇をこじ開ける。
「ごめんなあ、二人共」
 短い謝罪の言葉が二人の間を通り抜けて、風と共に杏の花びらを攫って空へと舞う。
 謝るのは怖い、と思ったのはいつの事だっただろうか。
 兄弟として共に過ごした幼い頃は、兄弟喧嘩は日常茶飯事で、罵ったり謝ったりは挨拶よりも軽いくらいだった。それが学校と言う組織に放り込まれて、謝罪が挨拶代わりにもなる軽い言葉であると同時に、謝罪に必ずしも許しが帰ってくるわけではないことも、それが原因で壊れてしまう関係があることも知った。
「……杏哉、苺音ちゃん、怒ってるんだろう? 君達、イジケたら俺が呼んでも振り向かなかったもんなあ」
「……知唐、あし、が」
 弥生さんの言葉を聞いて、自身の足元を確認する。
 まさしく幽霊です、と言わんばかりに透けてきていた。それが、最後の最後に俺と言う存在がどういう立場か教えてくれているような気分がして、ふへ、と間の抜けた声を零しながら笑みを浮かべた。
 一歩、一歩と背を向けている弟の元へ向かう。
「分かったんだ。何で君達と会えていたのか。勿論、俺達が死に近かったのもあるだろうけれど、俺が、知らないうちに君達を呼んでしまったんだよね」
「……」
「苺音ちゃんと一緒に遊びに行くっていう、予定を目の前にして、勝手に死んで予定もパー」
 ひゅう、と風が吹く。俺の隣には、いつの間にか弥生さんが立って、俺の手を握っていた。
「杏哉、怒ってたんだよな。……そうだよな」
「知唐……」
「……杏哉、こっち向いてくれよ」
 今更遅いんだよ。そう言われて、殴られるのかもしれない。
 俺はいつだって、素直になるのが遅い。その所為で、こうして未練を残して死んだのだ。
 何度も、弟の名前を呼ぶ。記憶が無かった時に呼べなかった、馴染みのある呼び方で、何度も、何度も。涙ぐんできて、上手く名前が呼べない。
 ぐず、と鼻をすすりながら呼んだ声は聞くにも堪えなかったかもしれない。
 それでも、消えちゃう前に、君に……。
 脳裏に浮かぶのは、生前の、同じ立場だった時の彼と、抱きかかえられていた姪の、揃った可愛らしい笑顔だった。
 そんな笑顔が見れなくて、涙が自然と流れて、唇を噛みしめて、小さく息を飲む。

「二人の歩む道が幸せに満ちた、祝福されたものになりますように」
 ふわり、とこの場に居る全員を包み込むようにして風が舞う。
「杏哉、苺音ちゃん……ごめんね。だいすきだよ。ばいばい」

 それだけ言うと、パツン、とテレビの電源を切れられたように、目の前から二人の姿が消えた。
 現世から、弾き出されてしまったのだろうということを、もう彼等とは世界が違うのだと、ありありと叩きつけられた気分がした。
「……もう大丈夫か?」
「ああ、もう、大丈夫」
 隣に居た弥生さんに問われて、ゆるりと笑みを浮かべる。
 彼もつられて優しい笑みを返して、俺の手を取って引っ張り、そのまま歩き出す。
「どこへ行くの?」
「バス停へ」
「その後は?」
「あの世」
 ああ、案内人として、彼は連れて行ってくれるのだ。本当に優しい人だな。
 腕を引かれて、少しだけ駆け足気味にバス停へ向かう最中、杏の木の方へ思わず振り向く。
 優しくて穏やかで柔らかい、蕩ける様な笑顔を見せてくれた二人。姿は見えないけれど、向こうではまだ居るのだろうな。そう思うだけで、自然と柔らかい笑みがこぼれた。
 二人に出会えて、本当に良かった。


「……兄さん?」
 振り向いた際に聞こえるのはただの風の音。彼はただ、何度も、兄さんと虚空に声を掛け続けるだけだ。
 さらさら、と杏の花びらが舞い上がる様にして散った。

 *

 ゆらり、ゆらり、と身体が左右に揺れる。赤子が親にあやされて眠るような心地よさに、瞼が閉じてしまいそうだ。
 ああきっと、ゆっくりと遠野知唐の幕が閉じられていくのだろうな。
 杏哉、苺音ちゃん。俺はね、君達に謝りたかったし、自分達を大切にしてほしかったんだ。だから、まだここに居たんだよ。
 二人共、頑張って生きるんだよ。
 生きていてくれたらそれでいい。そんな願い事が、何より難しいことを、俺は知っている。
 でも、俺は君達に生きていてほしい。我儘だとでも、何とでも言ってくれ。怒ってくれて良い。それで許されるのなら、いくらでも。
 死んでから気づいたよ。案外世界って、目を配ると味方がいるんだ。きっと、君達の味方になってくれるのが現れる。

 死んだら終わりなんだ。それは誰よりも俺が知ってる。
 生きている“今”を楽しんでほしい。
 そうしたら、いつのまにか大切なものが増えて行って、手放すのが惜しくなるだろう。
 頑張りたくないのに頑張れだとか、死にたいのに生きろだとか、人は自己満足に他人の心を傷つけてしまうけれど。
 誰かに健やかであってほしかったように、君の望みを否定してでも、生きていてほしいんだ。
 自分では何故? と思っても、横に居る人は生きていてほしいと願ってしまう。横にいた人も、実は何故? と思ってるかもしれない。互いに自分を棚に上げているだろうけれど、大切な人には生きていてほしいと願ってしまうんだよ。
 色々な人と改めて向き合って、出逢って繋がって。同じ場所で、同じ時間で、共に過ごして。そんな平和で当たり前な日常を過ごしていたら、心の糸が解けていくみたいに、いつのまにか、いつのまにか、笑い合っている君達を、見られる日がやって来るんだろう。
 優しくて穏やかで素敵な君達と、少しでも一緒に過ごすことが出来た。それだけでどんなに幸せか、君達に伝わるだろうか。
 せめて願わせてほしい。

 幸せになってほしい。
 
 好きな人や物に囲まれてさ、新しい歳を迎えたりするんだ。
 何も心配しないで良いよ。心を、気持ちをさらけ出して。この世界には個性あふれる人が沢山居る。君達の事を待っている。色々な所へお出かけしてみたりして。
 この世界は、思ったより君達の味方なんだって、やっぱり分かってほしいから。

 生きて、生きてよ。俺も、正直、生きたかったんだ。
 君達と色々なところを遊びに行きたかった。優しくしたかった。話をしたかった。まだまだしたいことたくさんあるんだ。
 だから、二人共。

 またね。
拝啓

 吹く風も柔らかな季節となりました。皆様におかれましてはお変わりございませんか。

 さて、今回私が筆をとったことの理由を述べるとすれば、私の初恋を独白しようと思ったのです。悲しいことに、人とは忘れる生き物です。このままでは、私は、彼がどんな声で私を呼んでいたかも、どんな表情で私を見ていたか、彼に抱きしめてもらった時の記憶も、柔らかなにおいも、朧げになってしまう。
 それはあまりにも寂しいじゃないかと、私の記憶に残そうと思い立ちました。ですが、どこかに書き留めればと思うのですが、いつ誰の目に触れるとも分かりません。
 なので、手紙に記しました。これならば、誰かの目に止める機会もないでしょうから。
 皆様から「我々に対して惚気ないでほしい」と謗られても仕方がないのは重々承知しております。
 ですがこれ以上、大好きで大切なあの人と時間を忘れてしまうのは、恐ろしくて仕方がありません。今の私は、それをなにより恐怖しているのです。
 なので私の初恋は、手紙にして封じる事にしました。あの人の事は忘れずに、恋だけは封じるのです。地中にでも埋めてしまえば皆様以外の目に触れる事もありません。地に沁みわたる雨によって溶け、消えていく。そうしてなかった事にしてしまうのが、最善のような気がしてならないのです。
 矛盾しているかもしれません。ですが、これしか、私には案が浮かばなかったので、お許しいただければと思います。
 今こそこうして仰々しく書いておりますが、本当はこんなことをする予定はひとつもありませんでした。私の人生はひとえに、導かれただけにすぎないのです。

 私のパパは二人兄弟の次男でした。
 初孫だった私はとても可愛がってもらっていました。父親からだけではなく、祖父母からも。記憶にはあまり無いけれど、曽祖父母にも。更に言えば父の従兄……私からすれば従兄叔父夫婦や、大叔母など、沢山の親族に可愛がられて育ったと自負しています。
 沢山の愛しいという思いが伝わってくるようで、私も、祖父母や父が大好きでした。
 その中で一人、しっかり、はっきりと彼を見つけたのです。
 その人は父の兄であり、私からすれば叔父にあたる人でした。
 名を遠野知唐。市の役所で働く、公務員です。ご察しの通り、彼が、私の初恋の相手です。
 彼の名の由来は、彼の誕生日の誕生花から来ているそうです。花好きの父方の祖母と曽祖母が中心となって決めたようです。因みに、私の父、杏哉も同じです。なんの偶然か、二人の誕生日は同じ3月1日生まれ。名で察する方もいらっしゃるかもしれませんが、誕生花は杏です。可愛らしいピンク色の、春の訪れを知らせてくれるお花です。
 そんな父から生まれた私も、気が付けば誕生花に関する名前になっていました。名を苺音。誕生日は3月31日。誕生花は苺です。可愛らしい実と花を咲かすので、個人的には気に入っています。ただ、初見では私の名を『もね』とすんなりと呼べる人がなかなか現れないのが、寂しいところではありますが。
 叔父は少し猫背気味で、先がウェーブ状の癖っ毛に、凛々しく少しつり上がった目尻が特徴的でした。少しうっすらぼんやりとした輪郭の瞳は少し怖くもありましたが、私を抱く腕は一等優しく、壊れ物を扱うように触れる手は温かくて。ふとした時、私へ向ける形容しがたい顔を仰ぎ見る度、幼心ながら、放っておけない気持ちになっていたのを覚えています。
 それがやけに記憶に残って、気が付けばいつも彼の後をついて、いつも彼を呼んでいました。彼の服を引っ張っても彼は怒ることなく、私を抱きかかえ背中を撫でてくれるのです。
「おいちゃんあそんで」
「ん、おいで」
 誘われる手に招かれて、彼の膝の上に座る。ここが私の定位置になりました。
 私が懐いてしまったからでしょう。彼に声を掛ければ、面倒を見てくれることが自ずと多くなりました。
 彼は穏やかな人でした。大きな声を特に出すわけでもなく、丁寧に一言一言を発する。言葉をとても大切にしているのだろうと言うのが、柔らかい空気と共に伝わってくるかのようでした。穏やかで、人の心にゆっくり沁み渡るような、低くて深い、それなのに甘い。焦がしキャラメルのような甘さの声を持つ彼の話を聞いているだけで、読み聞かせをしてもらっているような気分になったものです。名前を呼ばれると、耳を通して自分の身体がじわっと溶けていくような多幸福感がありました。
 叔父は読書家で、よく自室に籠っていました。それでも、私が部屋を覗くと、秘密だよと、膝に乗せてくれ、沢山の本を読み聞かせてくれました。彼の本棚には、彼のお気に入りの本と、私の年代向けの絵本など、色とりどりに変わっていきました。
 彼は誰かと居る事はあまり無く、一人静かに本を読んでいる。
 凪のように静かで、落ち着いていて、あまり波を立てない。そんな落ち着いた彼の静かな空気と、涼やかな雰囲気。穏やかだけれどクールな男性でした。
 一瞬、話しかけるのを躊躇ってしまうのだけれど、話しかけると優しく受け入れてくれる。優しく微笑み、向き合ってくれる。静かで涼やかな空気が、柔らかいものとなる。
 そんな叔父が大好きで、大好きで、大好きだったのです。

「おじさん、きょうもごほんよんで」
「ん、良いよ。……君は、本当にこの話が好きだね」
 彼は小さく笑いながら、私の頭を撫でる。彼の言う絵本は、良い物を見つけたと私がおねだりをして、彼が買ってくれたものでした。祖母と祖父はこの絵本を見た際に、懐かしそうな顔をしていたので、もしかしたら私達の好みが似ていたのかもしれません。
「うん、だいすき!」
「そっか。俺も、この話が好きだったよ」
「ほんとう!? パパは?」
「パパ? うん、好きだったんじゃないかな」
 少しだけ眉を下げて見せる笑みは、彼が私に良く見せる表情でした。
「苺音ちゃんは、ママとパパが好き?」
「だいすきだよ!」
「どういうところ?」
「えっとねー、ママはこわいけど、ごはんがおいしいの! パパはねーかっこいいところ! つかれたらおんぶしてくれるのとーいろんなところつれてってくれる!」
「あーぽいぽい」
 小さく笑いながら、彼はいつも優しく話を聞いてくれました。私が父の話をする時は、いつも以上に優しい表情になるのです。彼のその優しい顔が大好きで、いつも話をしてしまいました。
「あとねえ、パパはね、いつもわたしのみかたになってくれるの! パパすごくやさしいの」
「……そうだね。優しい人だよね」
 そう言って彼は微笑む。
 丁寧に、柔らかく、絵本を読んでいるような穏やかな声で言う。その時の横顔が、どこか少し寂し気で、物悲し気な空気もあって。
 柔らかいけれど、丁寧だけれど、優しいけれど、その心はずっと凪いている。そして、どこか薄い壁のような物も感じました。
 叔父の事をもっと知りたいと、思ったのです。

 私が3歳の頃、両親が離婚しました。
 元々両親は共働きであり、それぞれの勤務時間の違い、家庭内のいざこざなど、理由はいくつかあったのでしょう。今でも、父は私に詳しい話はしてくれません。
「あの子は、繊細すぎるというか、扱いにくいのよ。生きにくい子だと思うわ」
 二人が別れる寸前。母のそんな言葉を盗み聞きしてしまいました。当時の私は3歳で、母の言っていた言葉の深い意味は知りません。けれど、彼女の表情、声色、それらを感じ取った際に、私のことが好きではないのだろうなと、察してしまったのです。
「あなたはどうする?」
 母に問われた時、彼女の表情や態度は、私を選ぶなと言っているようにも思えました。
「パパといく」
 その瞬間の母の、あからさまにほっとした表情が、全てを物語っていました。

 その後、父に連れられ、父の実家に戻ることになりました。当然、当時は実家から務めていた叔父とも共に暮らすことになるので、私は母との別れの寂しさと、叔父と過ごせることの嬉しさに挟まれてしまいました。
 祖父母も、叔父も、私達を怒る事もしませんでした。父が仕事に行っている間は、祖父母や叔父が面倒を見てくれたので、母を失った寂しさを深く感じる事は、あまりありませんでした。
 叔父は聞き上手で褒め上手でした。人の話を折ったりせず、境界線というものを分かっていて、丁寧に聞いてくれる。だからこそ、何かあったらついつい話をしに行き、泣きつきに行き、甘えてしまう。兎に角彼は優しかった。おじさん、と声を掛けると、優しい顔で、彼は「うん」と優しく頷く。
 いつも私ばかり話をしてごめんなさい。そう謝ると
「謝る必要はないよ。苺音ちゃんにだけ内緒話なんだけどね? 俺、話すのはあまり得意じゃないんだ。けど、苺音ちゃんの話を聞くのはすごい楽しみなんだよ」
 蕩ける様な笑みを浮かべて、彼は言ってくれるものだから。
 時間があれば、仕事のことを考えるその真面目さとか。なのにちょっと抜けてる感じとか、ちょっとドジな所とか、少し忘れん坊なところとか。よく見てたら、叔父は可愛らしい人だったみたい。
 一緒に食事に出かけた時、私がお子様ランチを頼むと、彼はオムライスを注文する。どうやらオムライスが好物だったみたいで、好きな物が一緒だった時、凄く嬉しかったのを覚えています。
「こんどはパパともいっしょにこようね!」
「……そうだね」
 彼は、どこか引け目を感じているようでした。

 私が小学生になる年、叔父が家を出ることになりました。市が管理している別の機関への異動となったので、実家よりも親戚が残した家の方が近く、その家へ引っ越しを決めたのです。
 当時の私は、それはもう大泣きしました。体中の水分が、全部涙となって出て行ってしまうのではないかとばかりに。喉が潰れてしまうんじゃないかとばかりに叫んで。今でも家族の笑いのネタにされています。ですが、仕方ないでしょう。だって、大好きな叔父が居なくなってしまうのです。一緒に過ごしていたのに、居なくなってしまう寂しさから、私は必死に引き止めましたが、そこは流石に大人の事情です。
 必死に私の顔を拭って、宥めて、頭を撫でて。ああ、この優しい手の平が遠くなってしまうのだと、更に泣いてしまい、自分で泣く苦しさにまた泣くという、赤ん坊もびっくりな泣き様だったと自負しています。
「いつでも遊びに来て良いからさ」
「ぐす、行ぐ……!」
「うん。パパと一緒に遊びにおいで」
「うん」
 大粒の涙をボロボロと零しながら、鼻水も恥ずかしいことに垂らしながら、全ての言葉に濁点が付きそうな声色で言うものだから、叔父は少し笑ってしまったようですが。
「苺音ちゃんの誕生日。一緒にお祝いしようね」
「約束だよ。絶対だよ。これからもずっとだよ」
「うん。分かったよ」
 指切りをして、約束。
 大好きな父と叔父に、私は毎年欠かさず、プレゼントを渡していました。まあ、子供なので、似顔絵とかそういったものでしたが。その年は、祖母に教えてもらった裁縫で、不格好なキーホルダーをプレゼントしました。キーホルダーと言っても、フェルトで作ったほつれが目立つ杏の花と苺だし、紐は手芸糸でしたが、彼は嬉しそうに受け取ってくれたのです。
 彼は毎年、私にケーキと本をくれました。
 彼が引っ越したその年、彼から貰ったのは大好きな苺のタルトと、ハードカバーの大きな本でした。
 いつも絵が多く文字の少ない本ばかり貰っていた私にとって、文字数の多い、大人の本と言わんばかりの本は、まるで彼等の仲間入りが出来たようで。目を輝かせて受け取って、力を込めて本を抱きしめました。
「小学生になる、ちょっとだけ大人に近づいた記念に、少しだけ難しい本をあげる」
「おじさん、ありがとうございます」
「今は難しいかもしれないけれど、読めた時はきっと、君が大人になれた証拠だと思うよ。頑張ってね」
「はい!」
 優しいけれど、ふと見せる物悲し気な表情。どこか遠くを見る様な、そんな表情。窓の向こうを見るその目は、偶に伽藍洞になる。綺麗できらきらと、春の青空のように優しい希望を感じる瞳は、偶に冬の寂しい冷たい空のような瞳に変わるのです。
 私と父が一緒に居る場面を見て、いつも少し寂しそうにする。いつも少し遠くから、少し寂しそうに私達を眺めていました。
「……兄さんは、俺が嫌いだった?」
 叔父が引越しをする以前、夜、寝静まった頃。静かに、寂しそうな父の声が聞こえたことがあります。
 こっそりと覗きこんだ先には、引っ越しの荷物を静かにまとめる叔父と、そんな彼に問いかける父が居ました。父に問われた叔父は、少し驚いたように目を開いて、寂しそうに瞳を揺らし、その言葉を力なく否定した。
 そんな彼の姿に、父はまた寂しそうにして、その部屋を後にしました。
「寧ろ、お前こそ俺が苦手だと、思ってたよ」
 父から隠れるように身をひそめていた中聞こえた、聞こえない程の声で呟いた言葉が忘れられないのです。
 寂しそうなのに、彼からすれば弟である父の事を考えたり話したりする時は、私へ向ける形容しがたい顔と似たような、その寂しそうな顔をする。けれど、彼はそれを示そうとしない。いつだって隠そうとするのです。その、涼やかな顔で。
 声を掛けても、彼は何でもないとゆらりとかわす。叔父の心が読めない。叔父の素が見えない。
 貴方はどういう人なの。
「おじさんは、パパが好き?」
「ん? 勿論だよ」
 私の問いかけに、彼は真っ直ぐな声で、にこりと笑みを浮かべて言う。それに酷く安堵したのです。
「そっか。良かった」
「それに、俺がこうして生きているのも、あの子のおかげだ。あの子は自覚無いだろうけど。兄という生き物は、弟という存在が居ないとなれないんだよ」
 思わず目を開きました。私にはきょうだいが居ないので、少し想像できない世界だったのです。
「だから、俺は杏哉が居てくれてよかった」
 優しい、穏やかで、柔らかくて涼やかな彼は、酷く脆く見えました。

 3月某日。久しぶりに出会った叔父は、白衣装を着て眠っていました。
 子供が死という概念を持てるようになるのは、大体10歳からだと言われているそうです。
 当時の私は6歳。数え年では7歳です。周りの大人たちがすすり泣いている姿を見ても、私はどうもピンとくることはありませんでした。父が、私を抱く腕は、それ以降は、どうも縋る様だったと思います。
「ごめん」
 私を抱きしめながら口にしたその一言は、どういう意味だったのか。
 叔父への言葉を代わりとして私に言ったのか、それとも、叔父と会えなくなった私への謝罪なのか。今でも分かりません。
 叔父の死を一番に直面した父は、暫くの間は抜け殻のようでした。仕事も休みを貰ったらしく、私も学校をお休みしていたので、叔父の死を中々受け止めることも無く、時間だけが過ぎていきました。

 叔父の死からしばらく経った後。葬式などを終え、少しだけ時間の猶予が出てきた頃。
「おじさんに会わせてあげる」
 その言葉に、私は惹かれました。もう会えないんだよ、と言われた叔父にまた会えるのだと。
 叔父を亡くしてから気を負っていた父でしたが、ここ数日は少しだけ雰囲気が柔らかくなっていたことに気付いていたので、内緒で叔父に会っていたのだと、理解したのです。
 それはズルい。私だって会いたいのだ。
 彼から最後に貰った本を抱いて、父と手を繋いで。私は、彼の家へ向かいました。

 そして、不思議な体験をしたのです。
 叔父に会うために電車に乗って、人の居ない駅から降りて、家に向かう途中、目の前に杏の花びらが舞い散ってきました。
 花びらを目で追って、伏せていた顔を上げた。

 その時、目の前に、大好きな彼が居たのです。

 ああ、ここに居たのだ。私は嬉しくて嬉しくて。それでいて、久しぶりだったから少し恥ずかしくて。
 叔父のように優しくて、温かくて、丁寧な言葉遣いで私たちと接する。そして私達を見るその目は、叔父と同じと言っても過言ではなかった。彼の傍は、懐かしさと共に安心感がありました。
 彼と対面した時に、記憶が無いからか、いつもの叔父とは違う雰囲気を不思議に思いはしたものの、彼であることに変わりはないと思い、私は生まれて初めてのナンパをしたのでした。

 そこからは、もうお察しの通りです。
 私と父は、毎日のように叔父に会いに行きました。命を失い、亡くなった人と会えることなど、普通ではあり得ないはずなのに、私達はそんな奇跡に毎日縋りました。
 何が私達をそこまで動かしたのか。簡潔にまとめれば、答えは出ていたでしょう。後悔です。
 人間、生きていくうえで、後悔は避けられない物だと思います。その後悔を乗り越えて、人々は毎日を生きていく。ですが、私達はその後悔を無くしたかった。
 叔父と会えなくなるという、後悔を無くしたかった。
 叔父とちゃんとお別れが出来なかった後悔を、無くしたかった。
 叔父とまだ一緒に居たかったという後悔を無くしたかった。
 そんな私達に付き合ってくれた叔父は生前のまま優しくて、不思議な世界での出来事は、今でもちゃんと覚えています。
 彼と一緒に食べたパンケーキもいちごタルトも、全部が美味しかった。食べている私を見るその目は、とても優しかった。
 弱音を吐いて泣きじゃくっている私を宥めてくれた彼は、生前と何も変わらなかった。私が子供だからと、適当にあしらう事は無く、一つ一つの言葉を丁寧に伝えてくれた。
 彼と見た海は、なんだか寂しかった。あの時には、もう、時間が無かったのでしょう。彼も、自分の容態を俯瞰しているようにも見えました。父が、叔父に何をしたかったのか、私には分からない。けれど、父は、私以上に後悔をしていたのかもしれません。
 叔父は、最後に実家に帰ってきました。叔父と、いつも一緒に居た彼も居て、その時は許してやろうと、思ったのです。これが、最後になるかもしれないと、自分でもどこか察していたのかもしれません。
 二人の会話を、こっそりと聞いていました。当時の私では少し難しいことを言っていて、二人の間に飛び出すことなど、出来はしなかった。
 その時、分かったんです。叔父は、私達と同じ様に、後悔をしていたんだと。
 約束をしていました。父と叔父の誕生日はお祝いでどこかに出掛けようと。私の誕生日には、またケーキを買ってお祝いをしようと。
 彼の後悔が、自分の事ではなく全部私達に関する事ばかりで、なんて人だと。
 そんな約束を、最後に、彼は叶えてくれた。
 短い期間でした。ほんの数週間です。私達が共に過ごしていた期間よりうんと短い期間しか、私達は会えなかった。
 彼は死んでもなお、優しい人。そして、後悔を思い出したくないから記憶を無くした、臆病な人でした。

 叔父の四十九日法要。叔父のことを話題に出される度に、胸がぎゅうと締め付けられるように苦しくて、切なくて。
 お墓に入るのを見送った後、祖母に促され、父と共に先に帰る様に言われました。
「おじさんの家に行きたい」
 私がそう言えば、父は驚いたように目を開き、少しだけ瞳を潤ませて、今にも泣きそうな顔になりながら笑みを浮かべ、分かったよと了承してくれました。
 叔父が暮らしていた家には、可愛らしい花が咲く杏の木があります。杏子は桜よりも早く咲き、早く散ってしまう、春を告げるような花らしいのですが、4月の中盤を過ぎているのに、その杏の花は可愛らしく咲いていたのです。
 父は驚いて、その花を見上げていました。
 叔父と会う時に、ここにある木の花はいつも咲いていたと思います。現実でもずっと咲いていたのか、それとも、単に遅咲きだったのか、それは分かりません。
 父の名前、杏哉にある杏。言い回しが違うけれど、同じ意味を持つ唐桃から来ている、叔父の名前、知唐。二人にとって、この木は特別だったのかもしれません。

 可愛らしい花を二人で見上げていた時、ふわり、と私達を包み込むようにして風が舞いました。
「杏哉、苺音ちゃん……ごめんね。だいすきだよ。ばいばい」
 まるで温かいものに包まれたように、その温かい物がゆっくりと離れていくかのように。大好きな彼の最後の言葉が、聞こえた気がしたのです。
 振り向いた先には、叔父の背中が、花びらに包まれて見えたような気がしました。
「……兄さん?」
 父も振り向いた時には、もう、叔父の声が聞こえる事も、姿も見えなかった。
 振り向いた際に聞こえるのはただの風の音。最後の最後に、父は彼が消えてしまったことを察したのかもしれません。二度と会えないことも、気付いてしまったのかもしれません。父はただ、何度も、兄さんと虚空に声を掛け続けました。
「だいすきだよって、言ってた」
 私の言葉を聞いて、父の足元に、ぽつり、ぽつりと雫が落ちました。そしてすぐに、顔を手で少し拭ってから、振り返って、笑みを浮かべたのです。
「あの人らしいね」
 叔父を亡くし、抜け殻のようになっていた父は、もう居ませんでした。それが何だかとても、嬉しくて。
 さらさら、と杏の花びらが舞い上がる様にして散った光景は、今でも鮮明に覚えています。


 あの日以降、生前の叔父の事も、数週間の叔父の事も受け止められたのか、父には笑顔が戻っていったような気がします。叔父を想う人は、彼の真面目さも優しさも全部、ちゃんと覚えています。
 父と一緒に強くなろうと決めました。戦う為じゃなくて、生き抜くために。何度でも立ち上がれるように。
 父の頭痛持ちも、少しずつ緩和しているようです。昔と比べると、頻度や痛みが和らいできたとの事。叔父も頭痛持ちだったので、やっぱりこの兄弟は変なところが似ていると思います。
 私達は彼の事を背負っていくけれど、彼の事を笑顔で語り合えるようになった今なら、きっともう大丈夫。そう思えるのです。

 私も、気が付けば大人になりました。大好きな叔父にも見守ってもらいたかったことは、正直、沢山あります。学校に行けるようになったこと、友達が出来たこと、卒業式やテスト勉強。たまに、ふと、父の隣に、叔父の姿を探してしまうことがあります。初恋は偉大だと思います。

 実は、そんな私にも、新しい春が来ました。
 そうです。だからこそ、今回は手紙をしたためたのです。
 彼への思い出を忘れない様に。けれど、恋心は置いて行けるように。新しい人を、愛せるように。
 叔父のように少し癖っ毛で、ツリ目な容姿に最初は惹かれたのですが、歳下なのにとても包容力のある優しさから、つい懐柔されてしまいました。私は年上派だと思っていたのに、人生とは分からないものです。
 近いうちに、父に紹介したいと思っています。その時はどうか、この杏の木の下から、お力添えを頂けたらと思います。父は、また頭が痛いと言い出しそうですが。

 長い話を失礼しました。どうか皆様のますますのご健康を心よりお祈り申し上げます。

 敬具
 遠野苺音
※まず、ここに書いているのは『幸福な臆病者』に関する事です。
 読み終えている方対象を前提にしているので、ネタバレに関する事ばっかり書いてます。
 今更ながらあとがきを設置してみました。

簡単なキャラ紹介。

〇遠野知唐(享年30)
主人公だけれど普通に死んでいる。本人も死んだことを自覚していなかった。
3月1日生まれ。誕生花は杏。花言葉は「臆病な愛」「乙女のはにかみ」「疑い」「疑惑」
死んだ主人公って書いたこと無いなと思って(そりゃそうだ)、書いてみました。
性格は真面目なお人好し。他者から「良い人」「優しい人」って言われるタイプ。自分で自分を責める。器用ではない、寧ろ不器用。
友人は多くはないが、知り合いが多いので頼れる相手は多い。ただ本当に人を好きになれる事はあまり無い。学生時代はそんなに楽しくはなかった。
器用であり明らかに人に好かれる杏哉に、劣等感のような感情を抱いていた。それでもいい兄というポジションを崩したくない、という意地を持ち続けていた。それでも弟は嫌いになれないし愛しい存在である。
本好きで漫画も嗜む。基本的に何でも読む。本編内ではカフカとか太宰とか梨木とか読んでいた様子。死ぬ前でも多分太宰とか好きだろうな~そんな人。
〇遠野杏哉(29)
バツイチのお父さん。物語の重要人物。知唐の一歳下の弟。兄が死んで自分でも思った以上にショックを受けていた。
3月1日生まれ。誕生花は杏。花言葉は「臆病な愛」「乙女のはにかみ」「疑い」「疑惑」
兄弟ものが大好きなので、弟が兄を追いかける話にしたかった。
性格は基本的に楽観的で人たらし。顔も整っているので、第一印象を悪く思われる事はあまり無いし、本人もあまり経験していない。友人が多い。器用で大体はそつなくこなすけど、応用問題は苦手なタイプ。学生時代は楽しかった。
兄が自分を好いていないのではないか、という感覚を持ちながらもずっと接していた。その理由は、言われてないし聞く勇気も無かったので分からないまま。
文系科目大っ嫌い。本なんて絶対に読まない。頭痛くなるタイプ。
奥さんにはフラれるし、自分の誕生日に兄と喧嘩紛いをして兄は死ぬしで今回一番可哀想だった人。
〇遠野兄弟に関して
基本的に二人共外面(容姿抜きでも)が良いので、他人から好感的に見られる。優しいよね~が一番言われる言葉。二人揃って人たらしなところがある(厄介者を呼ぶこともある)
〇遠野苺音(6→7)
杏哉の娘であり知唐の姪っ子。本作のヒロイン的なポジション。
3月31日生まれ。誕生花は苺。花言葉は「尊重と愛情」「幸福な家庭」「先見の明」「あなたは私を喜ばせる」
小学1年の途中で不登校気味になる。叔父である知唐が初恋の相手であり大好きだった。初恋がお兄さんって甘酸っぱくて良いよね。
元々は人懐っこいタイプだが、母親の一件もあり、重いレッテルのような物をこの歳でもう持っていた。
因みに母親の家庭は本を読まないしあまり好きではないので、あまり苺音のことを理解しきれないところもあった。
3月31日生まれの学年で一番誕生日が遅く、他の子より小柄な設定。小柄な分、体格的な運動力量も負けがちになり、体育の成績があまり良くない。更に片親ということで、周囲の子からからかわれたりして、学校はあまり居心地のいい場所ではなかった。
〇弥生
知唐の案内人。元々案内人は、死人が現世で害ある事をしない様に見張る為のような仕事をしている。基本的には担当者の好きにさせる。
明るくて大らかな性格。良く笑い、楽観的でもあり、杏哉と似ている所がある。だからなのか、知唐も懐かしさを感じたりしていた。
基本的には知唐を否定しない。知唐が現世で何かをしでかさない限り、味方で居続ける。
弥生、という名前は担当者である知唐が三月生まれだからそこから引っ張ってきた。
多分普通に人間と言う立場だったら、知唐と親友てきなポジションにいたと思う。
〇管理人
弥生の上司。実は閻魔という裏設定があった。
仕事をできるだけサボりたいけれど、中々サボれない。記憶を無くす、縁の深い人を呼んでしまった、という稀な現象を起こした知唐に興味を持ち、会ったりなどちょっかいをかけたりした。
基本的には、ちょっかいは掛けるけど、最後まで面倒を見ないというひとでなし。
〇日向(享年8)
知唐より先に境界に滞在していた少年。死因は交通事故。
元々ケーキなど甘いものが好きで、ケーキ屋さんになりたかったけれど、周りにちょっと馬鹿にされたりしたこともあるので、表にはあまり出したことはない。
一人っ子だったので、お兄ちゃんなどに憧れていた。
因みに死ぬ前の記憶は残っている。まだ8歳なので、理解しきれてはいないが。
〇兄ちゃん
日向を担当していた案内人。日向の夢だったケーキ屋さんを手伝っていた(というか仕事は殆どやっていた)
察しの良いタイプなので、色々と汲み取ってくれたりする。なので、兄に憧れていた日向の兄的なポジションで居てあげた。兄ちゃん、と呼ばれたのは、実は少し嬉しかった。
日向が8月生まれのつもりなので、この人の名前は多分葉月。


 私自身ハッピーエンド厨なので、過去に書いた話は9割ハピエンなんですけど、偶にはハピエンとは一概には言えないような話を書きてえ~と思って書き始めました。
 兄弟とか普段はほのぼのな日常感とか、だけど見え隠れするシリアスとか、クソデカ感情とか。私の好きを詰め込みまくりましたね。書いててすっごい楽しかったです。

 最初は境界という異世界が舞台ではなくて、死んだ知唐が現世に留まってしまって、弥生はそんな彼の友人で彼の家に住み込んで一緒に暮らして、そこで杏哉がやってきて出会う……という内容だったんですけど、途中で頭を抱えて止めました。ていうか友人と弟に挟まれる知唐が可哀想で止めた。あと矛盾が凄い生じて止めた。異世界ってこういう時すっごい便利。。。
 あと、最初は知唐は偶然死じゃなくて自殺設定だった。思ったより杏哉に救いが無くなったので止めた。

 登場人物ほぼ全員が若者に括られる人達ばかりで、死と言う存在が本来は遠い非現実なはずなんですけど、突然訪れた非現実を受け入れられない人達。というのがちょっとしたコンセプトでした。
 本編の最後の苺音の手紙は、本当は書く予定じゃなかったんですけど、残された側とか第三者から様子とかも出しておこうかなと思って書きました。
 苺音の手紙の最後に出てきた相手。知唐の生まれ変わりかもしれないし、ただ似ているだけの赤の他人かもしれない。そんな曖昧な感じで終わらせてみました。最初はハッキリと生まれ変わりが出てくる予定だったけど、流石にしつこいわ思ってやめました。

 最初は主人公である知唐は作家設定だったんだけど、何も生かせてないから途中で辞めてただの本好きで終わらせました。
 元ネタは1万文字以内の短編で、よくここまで盛れたなと自分でもびっくりです。
 本当に、私は主人公が心を揺さぶられたり心が挫けそうになったり、切なくなったりするのを書くのが大っっっっ好きで!!!!今回の様に、人を選ぶような話を書くのが本当は大っっっっっ好きなので、個人的にはすっごい楽しんで書いたし、満足度が凄いです。えへへ楽しいなあ!

 それでは、長くなりましたがこの辺で。
 もしかしたら思い出したように加筆とかするかもしれない。

 幸福な臆病者達の話に付き合ってくれて、ありがとうございました!!
キャライメージのイラストです。今更感。。。


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