店主と凛花が女子高生たちを見送っていると、入れ違いにまた2人組みの女性客が入って来た。いつもの事ではあるが、この時間帯からえびすやは忙しくなってくる。
そして、出会う客が増える度に、凛花の苦悩も積み上がっていく。落胆して俯く客の姿に、凛花はどうしても慣れることができずにいる。
確かにここはお好み焼屋だ。美味しく食べて、満腹になって帰ってもらえばそれで良い。でも祖母は、胃袋だけではなく心まで満腹にさせていた。やはり私は、全てのお客さんに笑顔で帰ってもらいたい。
凛花はたった今訪れた客を眺めながら、いつもと同じ様に眉根を寄せた。
「焦げるし」
平坦ではあるが真剣な声音に、凛花はハッとして我に返る。思考が現実の景色を捉え始めると同時に、平良が自分の手元を凝視している事に気付いた。
確かに、もう焼け過ぎかも知れない。
「ああ、ごめん、ごめん。よい、しょっと・・・はい、どうぞ!」
凛花はそう口にしながら、左右に持ったヘラでお好み焼きをすくって移動させる。平良は目の前にお好み約が鎮座すると、即座に両手に持った小型のヘラを器用に使い始めた。
見事なまでの食べっぷり。まるで胃袋の中に小人でも住んでいるかの様に、ドンドンお好み焼きが平良の口に消えていく。お好み焼きはそんなに軽い食べ物でない。1枚食べれば、結構下腹が苦しくなる。それなのに、平良の手は一向に止まらない。8分の1程度に切り分けたお好み焼きを、口いっぱいに頬張ってはモグモグと咀嚼する。
10年以上鉄板の前に立つ凛花にも、これほど景気良く食べる客は記憶にないくらいだ。
「ええっ!!占いしていないんですかあ!?」
「ああ、ショックうううっ・・・」
お客さんが発した声に凛花の表情が一気に曇る。
凛花が恐る恐る視線を移動させると、眉をハの字にした母と鉄板の前で肩を落とす女性の姿が目に写った。
黒いブレザーに、黒いタイトスカートという組み合わせの制服。その制服を、毎日の様に凛花は電車で目にしている。凛花と同じ西川駅で下車する、女子大学の学生だ。高校生ならばまだギリギリ大丈夫だが、大学生が自分の悩み事を打ち明けるケースはほとんどない。
その時、不意に平良が顔を上げ、女子大生の方に首を捻った。
その視線は、やはり女子大生の胸元に向けられている。思わずため息を吐きそうになった凛花であったが、次の瞬間、唐突に平良の視線の種類に気付いた。
「ああ、これはおっぱい星人として舐める様に見ているのではなく、観察しているのだ」と。
平良の視線は手前の女性のみを捉え、数秒間何かを確認した後で再び鉄板に向かった。
そんな平良の動向に気付くと、凛花は俄然その真意が気になり始めた。いったい何を観察していたのか。知りたいとは思うが、それを直接平良に確認する事は憚られた。ほとんど今日知り合ったとしか言えない関係性なのに、いきなり「何で女性の胸ばかり見ているの?」とはさすがに聞き難い。
そんな凛花の逡巡に、平良が気付いている様子はない。いや、仮に気付いていたとしても、直接問われたとしても、平良は見事に聞き流しただろう。