「先輩は、自分の能力や可能性を考慮して、大学に進学する必要性を感じない・・・そう考えているのだと思います。
 何の目的もなく、自分の意思に関係なく、周囲に流されて、一流と呼ばれる大学に進学し、一流と呼ばれる企業に入社し、高学歴の夫、優秀な子供に恵まれ、年を取って死んでいく―――――こんな見え透いた人生に嫌気がして、その道から外れたい一心で大学に進学することを止めようとしているのでしょう」

 平良の言葉に、闇に沈んだ紗希に微かな光が宿る。

「ですが・・・
 ですが、僕から言わせれば、それこそが不確かな未来です。
 笑っちゃいますね。
 世の中、そんなに甘いはずがない。
 確かに先輩は、ウチではトップ5に入る優秀な生徒かも知れません。でも、それは、あくまでも片田舎にある高校の中で、の話しです。それに、今から追い込んでくる人達も大勢いるはずです。その地位を受験まで守り抜けられますか?

 勘違いして欲しくないんですが、僕は先輩を否定している訳ではありません。

 生きる理由とか、何をしなければならないのかとか。それはたぶん、真剣に生きている人が必ず突き当たる壁なんだと思います。だから、真剣に生きている証拠なんです。
 ただ、その答えは、その人自身にしか分からないもので、他人が口を挟む問題ではなくて。それは、探したから見付かる、というものでもない。そう思います。ですが・・・ですが、こんな僕にも分かることが、たった1つだけあります。

 その時が来たとき、それを掴み取る力がなければ、目の前を通り過ぎてしまいます。準備ができていなければ、そこに答えがあっても気付かないかも知れません。

 ですから―――――」

 平良がTHE MAGICIANのカードを紗希に差し出す。


「今の自分に分からないということは、今の自分に力が足りないのではないでしょうか?
 まず、考え方を増やしませんか?
 今の先輩は自分の限界を予測して、これからの人生を悲観しているだけです。
 今の先輩は、もう限界ですか?
 今の先輩は、理想の自分ですか?
 今の先輩は、まだ限界ではないでしょう。
 もし自分の限界が見えるのなら、その限界まで行きませんか?
 限界まで行った時、そこが本当に限界だったと分かるんです。
 それに、もしかしたら、その先に、ずっと先に本当の限界があるのかも知れません。
 その時になって、本当に自分の存在が無意味だと思ったら、僕が一緒に考えます。何度だって、いつだって、僕が一緒に悩みます。だから・・・」

 平良の目を見て話しを聞いていた紗希が、その変化に気付いて戸惑う。言葉を紡いでいる平良の両目から、ポロポロと涙が零れていたのだ。そのことに、平良自身は気付いていなかった。

「だから、自分を捨ててしまうようなことは言わないで下さい。
 もっと、自分を大切にして下さい。
 お願いですから、この世から消えるようなことは、そんな悲しいことだけは、絶対に考えないで下さい。僕は、僕は・・・・・」

「うん、分かった」

 紗希は笑顔で頷いた。
 もう何年も流していなかった温かい涙が、頬をゆっくりと流れていく。その涙が床に落ちる瞬間、平良を抱き締めて、そして声を出して泣いた。


 誰かに聞いて欲しかった。
 誰かに分かって欲しかった。

 自分の言葉を真剣に受け止めてくれる人がいる。
 自分を一生懸命に理解しようとしてくれる人がいる。

 それに気付いた沙希の心が、温かい光で照らされていく。
 紗希の胸に刺さっていたカギが、虚空に溶け込むように消えていく。


 ―――孫たちを頼むよ―――

 紗希の肩越しに見えたトメの口が、ゆっくりと動いた。


 平良の胸にあるダイヤルが、カチカチと音を立てながら回る。
 カチカチカチカチ、微かな音を立てながら、心臓の鼓動と重なるように。
 左に2周半回って止まった。