土曜日の正午過ぎ、半ば強引に約束を取り付けた平良は、紗希とともに西川駅の下り線ホームに立っていた。

「まったく・・・知り合いじゃなかったら誘拐なんだから。本当に、本物の良太郎君なの?偽者なんてことはないわよね?」
「ハハハ、本物ですよ」

 力無く笑い、平良は先ほどの光景を思い出す。
 塾に向かう途中の紗希をキャッチし、公衆の面前で見事な土下座を繰り出した上で強引に上りホームから連れて来たのだ。

「それで、私をどこに連れ去ろうとしてるのかな?」

 早くも自分のペースを取り戻した紗希が、意地の悪い笑みを浮かべて平良の顔を覗き込む。平良は俯きながら視線を逸らせると、「秘密です」とだけ答えた。
 すぐに分かることなので話しても構わないのだが、そうすると紗希がついて来ない可能性がある。もしものためにも、電車が出発するまでは教えられない。

 5分後、ホームに流れる音楽に紛れ、若干鼻に掛かった声のアナウンスが聞こえてきた。聞き耳を立てて確認すると、乗る予定の電車で間違いなかった。

 平良と紗希が、到着した電車に乗り込む。最初は拒んでいた紗希が、率先して誘拐されていく。紗希の背中を追う格好になりながら、最初のミッションをクリアした平良は嘆息した。

 乗降口とは反対側の扉付近に並んで立ち、徐々に山が近くなる景色を眺める。じっくり1駅分の沈黙が続いた後、紗希が酷薄な笑みを浮かべる。

「占いの結果を教えてくれるんだね」

 ただ付いて来て欲しいと言っただけだった平良は、その問いに窓の外を眺めたまま首肯する。

「ふうん、楽しみ。どんな結果にしろ、私はその結果に従おうと思ってるんだよ?」
「分かってます」

 悩んで、迷って、考えて。
 それをずっと繰り返してきた人は、いくつかの選択肢の間を彷徨い、結論が出せなくなる。
 どれもが正解で、全てが間違っている。
 そんな人が占いに求めるもの。
 それは、第三者の後押し。
 それが破滅への道だとしても、決して恨むことはない。
 それで幸福に届いたとしても、決して感謝はしない。
 だから、気にすることはない。
 だから、何の責任もない。
 分かっていたとしても、例え、本当にそうだとしても、平良には耐えることができないだろう。

 そうだとしても―――――


 正午過ぎの「えびすや」はいつも通り満席で、外で待っている客もいた。夕方とは違い、この時間帯は近所の人たちが来店することも影響があるのだろう。

「平良君は今日も来ないの?」

 店主はお好み焼きをひっくり返しながら、隣でソースを振っている凛花に問い掛ける。凛花はボウルを投げ付けたことを思い出し、顔色を無くす。

「もう来ないかも知れない」

 覇気のない返事に店主がため息を吐く。
 確かに、あんな仕打ちを受ければ、来なくても不思議ではない。
 その場の空気を変えようと、藪蛇になることを覚悟の上で最近見掛けないもう1人の名前を出す。

「そう言えばさ、熊沢君だったかな?あの、国立大学附属高校の男の子、最近来てないような気がするけど」
「熊沢・・・ああ、アレね。来なくて良いのよ。後で確認したら、他校の友達が知っててね、最低最悪の人間だった」

 その言い方に目を丸くして、店主が問い直す。

「最低最悪?何か酷い言い方だけど・・・」
「だってさあ、あの人、附属の勉強についていけなかった落ちこぼれなんだって。それなのに、学校の名前と容姿?お金?で、そこそこ有名な女子高生を口説いては遊んで捨てる極悪男なんだよ。しかも、いかがわしい写真撮って脅したり・・・
 まあ、とにかく、人間のクズよ、クズ」

「そこそこ有名・・・ね、凛花も?」
「そこは置いといて。まあ、とにかく、来なくなってラッキーだったの。しつこくて、危ないことも平気でするらしいから、あのまま来られてたら結構面倒なこになかったかも知れない」

 凛花が自分の身体を抱きしめ、フルフルと震える仕草をする。店主も凛花のマネをして身体をフルフルさせる。