平良に答えは無かった。
 自分に答えがないのならば、誰かに答えてもらえば良い―――それが、平良の出した結論だった。もっと言えば、答えたように見えれば問題ないとさえ思った。

 懸命に悩んだ末に思い出した人。
 紗希であろうと、間違いなく信じる人。

 凛花にボウルをぶつけられた肩を押さえつつ、平良は大通りをまたぐ横断歩道を渡っていた。この先にあるマンションの1階、そこのテナントに芽衣の父親が務めている税理士事務所があるのだ。その場所で芽衣と、正確には芽衣の母親と待ち合わせをしている。


 横断歩道の先にあるファミリーレストランを通り過ぎると、目的地が見えてくる。会社の看板が見える位置まで近付いた時、その前に仁王立ちする小さな人影があることに気が付いた。

「おそーい!! 我が聖剣、破魔炎雷の刃、ムラサメブレード・アルカディアで灰になりなさい!!」

 今度は一体何に影響を受けているのか、言っていることが全く理解できない平良は嘆息する。中二にすらなっていない芽衣は、年少病あるいは桃色組病とでも呼ぶべきなのか。芽衣を淑女にするためには、一体何を読ませれば良いのだろうか。

「すいません、お手数をお掛けします」

 平良が頭を下げた相手は芽衣ではなく、その隣に立つ母親の方だ。自分を素通りされたためか、芽衣がガシガシと平良の脛を削ってくるがひたすら我慢する。

「それで、どうでしょうか?」
「はい、他の兄弟にも話しましたけど、紗希ちゃんのためなら、と言って了承してくれました」
「ありがとうございます」

 平良が頭を下げると、母親も急いで頭を下げる。それを見て慌てて平良が頭を下げ、また母親が頭を下げる。果てしなく繰り返される、悪夢のような時間。いつものことだが、いい加減なところで受け止めてもらいたい。

 ひとまず当初の目的を果たした平良は、ホッと胸を撫で下ろした。しかし、本当の勝負はこれからだ。それを考えると極度のプレッシャーでキリキリと胃が痛くなり、必然的に顔を歪めてしまう。
 最近ではもう、蝋人形のような平良を見ることは少なくなっている。そのことに、平良本人だけが気付いていない。

「さあ母上、いざ瘴気漂う地獄極楽園へ参りましょうぞ!!」

 「地獄と極楽が混在してるよ!!」と内心でツッコミながら、平良は猛る芽衣を生温かく見守る。年少病全開の芽衣はこれから「えびすや」に行くつもりのようで、平良はその場で2人と別れた。
 一体誰が芽衣に本やDVDを与えているのだろうか?芽衣に読ませる本と見せるアニメは厳選した方が良い、と本気で思う平良だった。


 2人が乗った赤い乗用車を見送った平良は、大通り方面に戻りながら大きくため息を吐く。所詮、平良がやろうとしていることは、ただの誤魔化しでしかない。最後の最後は、平良自身が答えを見付けることになる。

 紗希と同じ立場だったとしたら、一体どうするのだろうか?
 最終的には、ここに帰結してしまう。

 交通量が増した大通りで、信号を待ちながら平良は考え続ける。

 ここに自分が存在している理由。
 紗希とは全く異なるベクトルからの、全く同じ疑問。その疑問は常に平良の隣にあった。特に、幼少期に寺に捨てられた記憶が、自分の存在を真っ向から否定した。平良だけに見えるカギが、更に孤独にした。あらゆるものに対する悪意は無関心へと昇華し、全てのものに対して透明になった。無になることで自分を守ってきた。

 やはり、凛花の影響なのだろう。
 決して認めないだろうが、「えびすや」が平良の凍てつく心を溶かし始めた。平良が笑ったところなど、育ての親である住職ですら目にしたことがなかったのだから。

 こんな平良だからこそ、気付いたのかも知れない。紗希の孤独感と焦燥感に。それが近い将来、自己を否定し放棄してしまう危険性を孕んでいることに。