「何してんの、朝っぱらから。もしかして、また平良?」
「え? ああ・・・まあ、うん」
「で、何があったの?」
興味津々で中薗の背後から、島田が経緯を訊ねる。すると、かぶって間もないネコを簡単に放り投げ、凛花が高らかに吠えた。
「それが、あ、あのアンポンタンがさっ!!」
「ちょ、凛花、声が大きいって」
周囲を見ると、登校してきた生徒達が何事かと3人に注目していた。目立ち過ぎる凛花が怒声を発したことで、注目度がいつもの5割増しになっている。それらの視線から逃れるように、3人は慌てて非常階段の踊り場へと移動した。
「まったく・・・凛花って、平良が絡むと異常に気が短くなるよね?」
「そう、かな?」
「うん。て言うか、素になるよね。私達は慣れたけど、知らない人は驚くと思う。だって、通り名はツンだけ姫だし」
「通り名って、私は武闘家か!!」
非常階段でそんな会話が交わされていた時、何も知らない平良は無事に自分の席に到着していた。
「それで、今回は何があったの?」
「そうそう、聞いてくれる?
平良がさあ、平良のくせに、臼田さんと知り合いでさ」
「臼田さんって、あの臼田先輩?」
「そう!!」
凛花が、ガンガンと非常階段を蹴り飛ばす。非常階段は鉄製のため、衝撃を加えると周囲にけたたましい音が響き渡る。2人は慌てて凛花を取り押さえると、暴れないように必死に押さえ付ける。もう、本物の猛獣だ。
「そ、それで?」
「それで? あ、うん、平良のヤツ、昨日、臼田さんとデートに行って、店に来なかったのよ!!」
「マジ?」
「マジ」
「・・・へえ」
「・・・へえ」
中薗が何度か大袈裟に頷く。その隣で、島田も同様の動きをしながら相槌を打った。
「あのさ、凛花・・・」
「何?」
「これって、間違いなくアレだよね」
「うんうん」
「だから何?」
中薗と島田が憐れむような目で凛花を見詰め、大きくため息を吐いた。
「それって、ヤキモチなんじゃないの?」
中薗は、少し前に平良に告げた言葉を、まさか凛花にも言うことになるとは思っていなかった。しかし、この未来をある程度予測していた2人は、笑顔で「やれやれ」というポーズで左右に首を振った。
2人に痛恨の一撃を叩き込まれた凛花は、先ほどまでの勢いがすっかり消え失せた。代わりに、頭が飛んでいきそうな速度で、ブンブンと首を左右に振り続けている。
嫉妬?
私が?
誰に?
平良に?
いやいやいやいやいやいや、ないわあ。
そもそも、相手はあの平良だ。平良の一体何を好きに・・・というか、そんな言葉を平良に対して使うとすれば、エイプリルフールくらいだ。
「ないないないない」
引き攣った笑顔を見せる凛花の言葉は、2人に華麗にスルーされた。正直なところ、2人とも「どうでもいい」としか思っていない。
「まあ、とりあえず、今日は店に来るんでしょ?」
「たぶん」
「それなら、その時に何があったのか聞けば良いじゃん。ね?学校で聞いたりしたら、臼田先輩に迷惑がかかるかも知れないし」
「う、確かに・・・そうする」
言葉とは裏腹に、色々な意味で納得していない凛花は、不機嫌さを隠そうともせず非常口の扉に手を掛ける。
「凛花ってば、可愛いのう」
「何?」
「いや別に・・・」
非常階段から3人が廊下に戻ると同時に、スピーカーから予鈴が鳴り響いた。
この時に2人が安易に口にした「本人に聞けば?」的な発言が、更に事態を悪化させるなど神様でさえ予想できなかったに違いない。未来は常に闇の中だ。
「で、臼田さんは何をしに来たの?」
午後4時45分のえびすやで、詰問口調の凛花が平良に訊ねる。腕組みをしてイライラと足を鳴らす凛花は、まるで街角で言い掛かりをつけるチンピラだ。
「占って欲しいって、その席に座ったんだけど。もう、占いはしてないって、オーナーが断った。断ったんだけど・・・」
「だけど?」
「僕が受けた。・・・いや、受けたというよりは、受けなければならなかった。と、言うべきかも知れないけど」
「ふうん」
相槌を打った凛花の目が細く、鋭く尖る。
「で、その内容は?」
一呼吸分間を空け、いつも、何に対しても無関心であるはずの平良がハッキリとした口調で凛花に告げた。
「言えない」