平良は途方に暮れていた。
 結局、紗希の話しは中途半端な状態で終わり、それが全てだと言われたからだ。今日のバイトはサボ・・・体調不良で休んだ。


「―――――大学に進学して、その先に何があるんだろう、って。そんなことを思ったことない?
 家族の期待を背負って、先生や友達や学校に期待されて、偏差値が高い大学に進学する。それが、私の人生なの?
 その、どこに、私が、必要なの?」

 休みなく話した紗希は、大きく息を吸い込んだ。全てを吸い込んで大きく膨らんだ肺から、身体中を巡る全ての毒を吐き出す。

「正直、みんなの期待に応える自信はあるし、今の時点でも力が足りていないとも思わない。だけど、有名国立大学に進学した先にあるものは、一流企業への就職と、ハイクオリティでフラットな人生・・・
 それだけ?
 私の人生って、たったのそれだけ?
 違うでしょ。
 そんなはずがないじゃない。
 そんな退屈な人生が約束されているだけなら、私に進学する意味なんてない」

 まるで、物語の主人公のようだ―――と、話しを聞いている平良は思っていた。言葉にリアリティが感じられず、熱弁を振るう紗希の姿を眺める。平良の常識とかけ離れた存在である紗希の一挙手一投足が、何かの振り付けであるかのように見えていた。

 人が羨むような大学に進学する能力があり、安定した未来が待っている。それを投げ出してまで、一体何を望むのだろうか。それ以外に、何を目指すというのだろうか。
 万年補欠状態の平良には、到底理解でない問いだった。

「私は、私の成すべきことを知りたい。
 一体何のために生まれて、何をしなければならないのか。きっと、私が生まれてきた理由があるはず。
 数学の方程式や過去の歴史を覚えたところで、私の生活は何ひとつ変わらなかった。本当に、もうウンザリ・・・」

 ようやく口を閉じた紗希が、テーブル越しに身を乗り出して平良の瞳を覗き込む。吐息が鼻先に届く距離にある顔に驚いた平良が、思わず背もたれに身を引いた。

「良太郎君、私はどうすれば良いの―――――」

 紗希の話しはそこで終了した。塾の講義が始まる時刻になったこともあるが、元々それ以上の話しは存在していなかった。最後の一言が、占ってもらいたかった事柄なのだ。


 ―――私はどうすれば良いの?―――


「・・・分かるはずがない」

 もう何度繰り返したのか分からない言葉を吐き出しながら、平良は俯いて頭を左右に振る。

 正直なところ平良は、その言葉をそっくりそのまま返してしまいたかった。
 ぶっちゃけ、そんなことが自分に分かるはずがない。進学どころか、来週実施される数学のミニテストのことを考えるだけで頭が痛くなるのに、将来の自分がどうなるかだの、成すべきことだの、哲学的な問いを重ねられても分かるはずがない。そもそも、紗希に分からないことが、自分に分かる道理がない。

 答えを探して、引き続き途方に暮れる平良。
 本当の占い師であれば何らかの道を示すのだろうが、当然ながら平良にそんな能力はない。ただ、そこにあるカギが見えるだけなのだ。だからといって、話しを聞いた以上、このまま放置しておく訳にもいかない。

 平良が吐き出した深いため息が、雑踏の中に紛れていった。


 翌朝、川中高校の3階には、廊下から3組の様子を窺う凛花の姿があった。まだ教室の中に平良の姿はない。

 平良から店に電話があり、「体調不良で休む」と店主に告げてきた。急いで受話器を奪ったが、既にツーツーという虚しい音しか聞こえてこなかった。その結果が、これだ。

「り、凛・・・花?」
「何っ!?」

 凛花の背後から中薗が声を掛けると、勢い良く振り向いた凛花から戦闘力1万以上の返事が叩き付けられた。ビームが出そうな目力に、生命の危機を感じた中薗が反射的に1歩後退する。

「あ、お、おはよう」

 取って付けたような笑顔。恐怖のあまり震える島田を背にした中薗が、凛花の腕を取って廊下の隅に移動する。