紗希が向かった場所は、駅前にあるデパートの喫茶店だった。店内の雰囲気が、少し高級そうな雰囲気を醸し出している。高校生が普段利用する店とは違い、静かな店内と穏やかなBGM。それらが、制服姿の平良をひどく場違いな存在に感じさせた。
しかし、紗希は全く気にする素振りを見せず、馴れた調子で歩を進める。その堂々とした立ち振る舞いに見惚れていた平良を、振り返った紗希が手招きする。周囲の視線を気にしながら速足で追い掛けた平良は、顔が写りそうな漆黒のテーブルに腰を下した。
「いつも、こんなお店に来るんですか?」
「来る訳ないじゃない。たとえ偶然でも、知り合いとかに聞かれたくないし。だから、今日は特別。それに、前から来てみたいと思ってたし、ね」
いつもとは違い蠱惑的に笑う紗希。それに惑わされず、平良は冷静に、誤解という名の下に真実を追求する。単なる相談だとはいえ、他の人に自分と一緒にいる所を見られるのが嫌なのだろう、と。
ウエイトレスに手渡されたメニューの金額を目にした平良が固まり、「今日は私が―――」と笑う紗希に涙目で頭を下げる。そんなコントのようなやり取りの後、テーブルに並んだアイスコーヒーを挟んで、ようやく目的を果たし始めた。
「それで、どうして、私がストレスを抱えてるって分かったの。受験勉強が・・・なんて理由は聞きたくないわよ?」
そう釘を刺されながら、平良は紗希の胸に掛った紫色のカギを見る。
思い出したくもないが、熊沢の胸に付いていたカギも同じ印象だった。ということは、2人は同じ原因により心に大きな負担を強いられている、ということだ。
平良は熊沢の言動を必死で思い出し、そこに手掛かりを見出そうとする。
「詳しくは言えませんが、僕には少しだけ分かるんです。臼田先輩が考えていることが・・・」
平良の言葉に、穏やかだった紗希の表情が険しくなる。今にも、怒涛の反論を繰り出しそうな気配だ。他人に、自分のことが分かるなどと軽々しく言われ、憤慨しな人間はいない。
「えっと、未来に対する不安・・・間違い、思い違い・・・プレッシャー、選択ミス・・・うーん、夢?理想の自分との乖離・・・」
ブツブツと続く平良の独り言を耳にし、怒りの色を浮かべていた紗希の瞳が小刻みに揺れる。
「もしかすると・・・周囲が期待する自分と、リアルの自分との間に穴?いや、溝があって、葛藤してる、のかな。本当の自分が分からなくなってる?」
紗希がアイスコーヒーのコップを持ったまま、驚愕の表情を浮かべて止まっている。平良は単に、熊沢が置かれている状況を整理していたに過ぎない。しかし、同じ種類のカギを持つ紗希が悩んでいることは、当然同じような内容なのである。
「・・・良太郎君」
「は、はい?」
思考を中断した平良が、目の前に視線を向ける。すると、目が合った紗希が、平良の手を両手で包み込んだ。
「私の話しを聞いてくれる?」
「はい」
ここから孤独な戦いの日々が始まるなど、この時の平良には分かるはずがなかった。