「良太郎君、どして分かったの?」
平良は視線を逸らし、適当な言葉を並べて必死に誤魔化す。
「まあ、何となく・・・占い、とは少し違いますけど、まあ、これくらいは分かります」
紗希は平良の方を向いたまま、泣いているのか、それとも笑っているのか、様々な思いが混在した曖昧な表情をする。
「じゃあ、良太郎君に見てもらおうかな。
良太郎君に、私の悩み事の答えを、進むべき道を教えてもらっても良いかな?」
一瞬、紗希の存在が希薄になった気がして、自分に何の力も無いことを承知で平良は首を縦に振った。もう、自分に与えられた選択肢がそれしかないような気がして。理由も無く、最後のチャンスだと感じた。
「じゃあ、明日の5時に中央駅の改札で」
「え・・・ここで話さないんですか?」
「うん。誰が来るか分からないからね」
少し離れているとはいえ、紗希は同じ地区の住民だ。当然、えびすやには地元の客も多い。プライバシーに関わる内容であれば、この場で話したくないことも理解できる。
「分かりました」
「うん、よろしくね」
そう言うと紗希は立ち上がり、店主に再度頭を下げてのれんをくぐろうとした。その時、紗希が手を掛けるよりも先に、バッと勢い良くのれんが跳ね上がった。
「ただいまあ―――っと、あ、すいません」
凛花だ。バスケットボールの練習が終わり、ちょうど帰宅したところだった。退店しようとする客とぶつかりそうになり、慌てて謝罪する。下げた頭を上げ、相手の顔を確認した凛花は更に動揺した。
「え、臼田さん!?」
凛花は紗希と会話したことはなかったが、その存在をよく知っていた。小学校は違っていたものの、中学校の学区は同じだった。しかも1学年上とはいえ、同じ川中高校の生徒なのだから知らないはずがない。更に言えば、紗希は川中高校でもかなり有名だからだ。
理系を選択する数少ない女子生徒であり、その上、学内のテストでは毎回5位以内に入る秀才。おまけに、その穏やかな人柄と上品な仕草から、同級生のみならず下級生からも人気が高い。
紗希も凛花のことは知っていたものの、個人的に言葉を交わしたことはなく、そもそも特に興味を引く存在でもなかったため真横を通り過ぎる。いつものように穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈。それを見た凛花も慌てて頭を下げた。
「じゃあね、良太郎君」
「はい」
凛花に向けたものとは明らかに違う笑顔を見せ、おまけに軽く手を振って出て行く紗希。後ろ姿を見送った平良が振り返ると、そこには地獄の閻魔大王も泣き出しそうな形相の凛花が立っていた。
「えっと、良・太・郎・君と臼田さんは知り合いなのかな?」
「そうだけど?」
平然と肯定する平良に、凛花はなぜだか無性にイライラした。名前で呼んでいることも、何だか気に入らない。
「で、占いを依頼しに来た、なんてことはないのよね?」
紗希から「知られたくない」、と言われた平良の視線が宙を泳ぐ。相手が凛花とはいえ、さすがに話す訳にはいかない。
「て、言うかさ、その汗。ここはお客さんが食事をする場所なんだから、綺麗に手を洗って、着替えてきた方が良いんじゃないの?」
正論を吐き、この場を誤魔化そうとする平良。すぐ外には、入り難そうにしている中薗と島田の姿も見える。大雑把な性格の凛花は、いつもなら支度を整えて戻って来た後、2人と話しをしているうちに些細なことを全て忘れてしまう。
今回もそうだろうと、平良は安易に考えていた。