凛花の手にしている備忘録を無造作に受け取り、平良は去年の6月分が記入されている1冊を開く。そこには、毛筆で書かれた筆記体のような文字が、所狭しと並んでいた。

「それね、お祖母ちゃんが筆で書いてるから、なかなか読めなくて・・・」

 凛花が苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうにノートを覗き込む。しかしノートを持っている平良はペラペラとページを捲っていき、ちょうど真ん中辺りで手を止めた。

「ほら、やっぱりあった」
「は?」

 達筆過ぎて判読出来ない文字を指差し、平良は満足そうに頷く。凛花は平良の指先が示す文字を見るが、どうにか臼田という文字が分かる程度だ。

「6月25日午後2時に、臼田トメさんが来店して、お互いを占ったって書いてある。間違いない」
「ちょっーと、待って!!」
「何?」
「私に読めないのに、どうしてアンタに読めるのよ?」

 明らかな凛花の言い掛かりに、平良がキョトンとした表情で首を傾げる。そして、一拍置いて凛花の訴えを理解した平良は苦笑いした。いや、そうするしかなかった。

「ウチさ、お寺なんだよ。だから、こういった文字は見慣れてるんだ。だから、普通の人よりは、ちょっとだけ読めるんだよ」

 平良の言い回しがよほど悔しかったのか、手元にあった箱ティシュを思い切り投げ付ける。

「ちょっと、話しを進めてくれるかしら?」

 そんな2人を見ていた芽衣が割って入る。説明が脱線していたことを反省し、「ごめん」と平良が軽く頭を下げた。

「お互いを占った―――ってことは分かったけど、どうしてそんなことをするの?自分で占えば良いんじゃないの?」

 当然の疑問が、芽衣の口から飛び出す。それを聞いた平良が、その理由を説明する。

「芽衣ちゃん、それはやってはいけないんだよ。理由をはっきりとは知らないけど、昔から自分で自分の未来を占うことは禁忌とされているんだ。
 確かなことは知らないけど、自分で自分を占うと、どうしても自分の希望が優先され、正確な結果が出ないからなのかも知れないね」

 「ふうん」と、芽衣が煮え切らない表情をする。しかし、その返事に大した反応も示さず、平良は話しを先へと進める。


「だからこそ、自分が一番信頼できる人に占ってもらった。そういうことなんだと思う」
「それで、一体何のために?」

 平良は芽衣と凛花を交互に見る。

「簡単なことさ。
 残された時間を、愛する人達と一緒に過ごしたかったんだよ」

 芽衣と凛花の目が一段と大きくなる。

「トメさんは自分の異変に気付き、もしかしたら医者にも行ったのかも知れない。いつになるかは分からない。でも、近い将来必ず訪れる未来。愛する子供たち、愛する孫たち、愛する全ての人たちのことが分からなくなってしまう。忘れてしまう。
 それならば、その時期が正確に分かれば、自分が自分でいられる残り時間の全てを、愛する人たちのために使うことができる―――そう思ったんじゃないかな?」

 平良は目を見開いたままの芽衣に、優しく微笑みかける。

「だから、7月頃から一緒にいる時間が増えたんじゃないかな?
 だから、夏休みに一緒に旅行に行ったんじゃないかな?
 だから、大好きな芽衣ちゃんだから、いっぱい、いっぱい、抱き締めたんだよ。思いの全てを込めて、最後までいっぱい・・・ね」

 芽衣は平良の話しを聞きながら俯いた。握り締めた小さな手に、ポタポタと涙が落ちていく。
 必死に堪える小さな肩が、小刻みに震える。
 人前だからと、必死で我慢している。
 でも、それも長くは続かなかった。
 小さな嗚咽が漏れ、モミジのような手のひらでゴシゴシと両目をこすった。

 そんな芽衣を、母親が優しく抱き締める。