ゼイゼイと乱れる呼吸。
身体のアチコチから聞こえる悲鳴。
普通に歩くだけでも痛いのに、走るとなれば我慢比べだ。それでも、追い掛けない訳にはいかない。
涙目になりながら平良が校門を通り過ぎると、不意に背後から聞き慣れた声がした。
「たーいーら、何をしてるのかな?」
「べ、別に・・・」
背筋を伸ばして空口笛を吹く平良を目にし、凛花が「ふう」と浅く息を吐いた。
「目的地は一緒なんだし、一緒に帰ろうか」
「べ、別に、一緒に帰っても良いけどさ」
翌日、一緒に帰ったことが発覚し、平良の身に災難が降り掛かるのはまた別の話し。
午後5時55分―――
のれんの裾が勢い良く跳ね上がり、小さな人影がえびすやに飛び込んで来た。
「この私が、悪党どもの懺悔を聞きに来てやりましたわ!!」
上から目線トーク、態度マックスな芽衣だ。
猛烈に歪んだお嬢様になってきているのは、何のマンガが影響しているのだろうか。その後ろから付き人のように、ペコペコと頭を下げながら母親が続く。我儘タレントのマネージャーにしか見えない。
このためにわざわざ貸し切りにするような対応はせず、普通に店はオープンしている。現に、店主の前に座る2人の女性客は、お好み焼きに舌鼓を打っている。芽衣の登場に何事かと1度振り返ったが、今はもう店主との会話に花が咲いている。
「まあ、とりあえず座って」
平良の勧めに従い、平良の横を1つ空けて芽衣、その隣に母親が座る。結果の内容を知らない凛花も、丸いパイプ椅子に座り、身体を鉄板に寄せてくる。
全員の位置が決まったことを確認し、平良がゆっくりと口を開いた。
「結論から言ってしまうけど・・・
2人は、お互いの寿命を占ったんだよ」
平良を除く全員が絶句する。全く予想していなかった結論だったからだ。
それはそうだ。お互いが占った―――ということ自体が有り得ないのに、寿命を占ったとなると妄言にしか思えなかった。
平良は再び全員を見回し、反応を確かめた後で話しを続ける。
「芽衣ちゃんのお祖母さん、つまり臼田 トメさんは、一部では有名な占い師だったんだ。そうですよね?」
平良の視線の先には芽衣の母親がいる。突然声を掛けられた母親が、慌てて首肯する。
「タロット占いって言うんだけど、芽衣ちゃんは知ってる?」
「・・・知らない」
芽衣は小さな頭を左右に振った。その横に見える凛鼻の表情が、何か言いたそうにしている。
「先日、臼田さんのお宅に伺って分かったんだよ。知り合いの紹介がない限りは引き受けなかったみたいだけど、かなりの確率で的中していたみたいでさ、リピーターも多かったみたいだ」
「でも・・・でも、それが何で、お互いを占っていたってことに繋がるの?って言うか、お祖母ちゃんの備忘録を調べたけど、臼田って名前はどこにも無かったよ?」
凛花が否定的な意見を口にするが、まるで凛花の疑問を予測していたかのように平良は答えた。
「それは、調べた期間が間違ってる。たぶん、去年の9月前後を調べたんじゃない?」
「う・・・」
まさかの的中に凛花が思わずたじろぐ。それでも、気を取り直して反論しようと口を開くが、何の言葉も出てこない。口をパクパクする姿は、まるでエサをもらおうと頑張る池の鯉だ。
「僕が確認したところによると、トメさんは去年の正月前後から具合が悪くなったらしい」
「そう・・・ですね」
芽衣の母親が、平良の話しを肯定する。正月ということもあり、同席していたのかも知れない。芽衣もその場にいた可能性もあるが、幼い彼女には理解出来なかったのだろう。
「正月の時点では症状に否定的だったトメさんも、時間の経過とともに自覚していったんじゃないだろうか。だから、自分の運命を知りたくなった・・・たぶん、5月から6月頃だと思うよ」
凛花が立ち上がり、店の奥へと走って行く。そして、5分も経たないうちに戻って来た凛花の手には、3冊のノートが乗せられていた。