何度も振り返って頭を下げる4人の姿が消えると、平良は腫れ上がった瞼の隙間から真っ暗な夜空を見上げた。

 薄暗い高架下にひとりで佇む平良の脳内で、あの日、中薗が口にした言葉がリプレイされる。

 ―――嫉妬してるんじゃないの?―――

 本当だ・・・
 もう、認めるしかない。
 その通りだった。
 僕は、目の前で立花と仲良く会話をする熊沢に嫉妬した。
 そして、僕より熊沢と楽しそうに会話する立花に腹が立った。

「プッ・・・・・ハハ、ハハハハ!!」

 平良は笑った。
 裂けた唇の痛みも忘れ。
 大声で笑った。
 頭上を通過する電車の音にも掻き消されないような声で、高らかに笑った。

 そうか、僕は嫉妬していたんだ。
 僕は、立花の一番でいたかったんだ。
 いつの間にか。

 平良は自分の想いを認めた。
 認めて、それを飲み込んだ。
 その瞬間―――平良の胸元から、カチカチという小さな音が聞こえ始めた。

 平良が視線を落とすと、胸に付いているダイヤルがゆっくりと回っていた。ダイヤルは微かな音を発しながら、3周回って停止した。

 どうして回ったのか。一体何のカギなのか。それは平良自身にも分かっていない。ずっと見えてはいたが、つい最近まで微塵も動かなかったのだから。

 自分の胸元を見下ろしていた平良がゆっくりと顔を上げ、ヨロヨロと商店街の方に向かって歩き始めた。


 言い訳を考えてはみたものの何も思い付かず、「面倒臭いな」とつぶやいて、1歩また1歩と目的地に近付く。

 あーもー口の中が痛い。
 ソースが染みるかも知れない。
 お腹が痛い。
 食べられるだろうか。
 もう3日以上食べてない。
 早く食べたい。
 ああ、早く―――・・・

「いらっしゃいませ」

 聞き慣れた言葉。
 久し振りに耳する声。
 呆然と見詰めてくる凛花を気に留めず、平良は自分だけの指定席へと移動し、そして、ゆっくりと座る。

「平良、アンタ、それ、どうしたの?」
「肉・たま・ソバ」
「は? アンタ、何言ってんの?」
「肉・たま・ソバ。ダブルにしよっかな」

 白いシャツは赤黒く染まり、顔は両目が8割方塞がり、頬は青黒く変色している。黒いズボンは灰色に汚れ、露出した肌は土と油にまみれたままだ。
 あきらかに、何か危険なことに巻き込まれたとしか思えない。

「何があったのかって聞いてるでしょ!!」

 本気で怒る凛花に、言い訳することを諦めた平良が微笑んだ。それは、常に無表情だった平良が初めて見せる顔だった。

「肉・たま・ソバ。ダブルで」

 「あーもー」そう言って、凛花が自分の髪の毛をクシャクシャと乱す。そして、全ての臓器が口から出そうなほど大きなため息を吐いて、調理用の鉄ヘラを手にする。

「ソース、いつもの3倍かけるから。せいぜい悶絶すれば良いわ」
「マジ?それ、ちょっと怖いんですけど」

 そう言って笑う平良。
 そんな平良を見て、うつむいた凛花が柔らかい笑顔を見せる。
 その笑顔の意味を、平良はもちろん、凛花自身も分かっていなかった。

 すぐに、ジュージューという音が店内に響き渡り、食欲をそそるソースの焦げる匂いが店内を漂い始めた。