「してない―――――とは言えないよね。
 最初は趣味で知人を占っていたみたいなんだけど、よく当たるって評判が口コミで広まって。それで、友人や知人からの紹介がある人だけ、月に何回か占っていたみたい。
 それでも、他人の未来を占うってことは精神的に負担だったみたいで、ここ2年くらいは受けてなかったって聞いてるけど」

 「なるほど」と頷いて、平良はあごに手をやって思案し始める。平良には、おぼろげに真実が見え始めていた。今の段階では、あくまでも推測でしかない。

 それは、占い師が2人いないとできないこと。


「先輩」
「な、何?」

 タロットカードを手に取り、1枚ずつ絵柄を確認していた紗希が驚いてカードをテーブルの上に落してしまう。
 テーブルの上にバラバラに散らばるカード。「JUSTICE」と表記されたカードが、平良の方を向いて止まる。

「お祖母さんが痴呆気味だと気付いたのは、去年ですか、それとももっと前のことですか?」

 ストレートな質問に目を丸くした紗希だったが、相手が平良だと再認識して苦笑する。迂遠な言い回しなど、期待するだけ無駄だ。だからこそ、役に立つこともある。

「家族がはっきりと認識したのは、たぶん去年。正月明けだったと思う。年賀状を出したとか出さなかったとか、記憶が曖昧で、言っている内容が微妙にズレてて、何となく、そうなのかなって。
 でも・・・たぶん、本人はもっと早い時期から、自分の異変に気付いていたんじゃないかなって・・・そう、思う」

 平良にも分かるくらいに悲痛な表情に変わった紗希が、目尻を潤ませて続ける。平良に対応の仕方など分かるはずもなく、その途切れ途切れの声を精一杯に受け止める。

「何かさ、色々と後悔しかない・・・
 もっと早く分かっていれば、もっと他にできることがあったんじゃないかって。もっと、お祖母ちゃんの記憶に、私のことを鮮明に残せたんじゃないかって・・・もっと、もっと」

 そこまで何とか吐き出すと、紗希は平良に背を向けて肩を震わせた。その後ろ姿に手を伸ばそうとして、平良は肩から力を抜いた。

 太陽は既に高く昇り、窓から射し込む光が作る影は小さくて、全てのものが明かになっていく。隠していた感情も、隠されていた想いも、全てが心に染み込んでいき、虚しく真実だけが残る。


 同日の午後2時過ぎ―――
 凛花は古いノートを手に、丸いパイプ椅子に座って唸っていた。そこに書かれている文字が達筆過ぎて、一体何が書いてあるのか解析できなかったのだ。

「うーむ、読めない。備忘録を、わざわざ筆で書かなくても良いのに・・・」

 凛花が手にしているのは、昨夜母である店主が思い出し、今朝ようやく発見した祖母の、つまり前店主が書き残した備忘録だ。

 母曰く、「そういえば、その日あったこととか、占った相手のこととか、寝る前にノートに書いていた気がする」だそうだ。もっと早く思い出してくれれば、もっと多くのページを解読できたかも知れないのに。

 祖母が使っていた1階の東側にある和室。今でもそのままになっている書棚いっぱいに、数十年に渡る記録が残されていた。その最後の1冊、そこに何らかのヒントが隠されていることは、凛花にも分かっている。

 芽衣が言う通り、去年の9月に臼田 トメが来店して前店主に会っているというのなら、その記録が残っているはずなのだ。
 凛花はそれを、朝からずっと探しているが、遅々として進んでいない。土曜日ということもあり来店客が多いことも影響しているが、一番の問題は暗号解読状態が続いていることだ。

 不意に凛花の手が止まり、その視線が誰もいない一番端の席に向かう。そして、無意識に最近クセになっている大きなため息を吐く。
 背伸びをし、再び手にしているノートを睨み付けるが、すぐにウンウンと唸り始める。
 店主がそんな凛花を、穏やかな表情で眺めている。

「こんにちわ」
「いらっしゃいませ」

 のれんをくぐって入って来た熊沢が、当然のように一番端の席に腰を下ろす。熊沢はまず凛花に微笑みかけ、店主に頭を下げて注文する。

「いつもの、お願いします」
「スペシャルね?」
「はい」


 6月の昼下がりは、初夏と呼ぶには暑く、真夏と呼ぶにはセミの声が響かない。何となく、何か物足りない中途半端な空気感だ。せめてもと、セミの代わりにジリジリと焼ける音が、鉄板から大きく、凛花の心から小さく聞こえ始めた。