まだ午後6時過ぎだというのに、周囲に灯りは無く、足早に家路を急ぐ人しかいない。その寂れた商店街のアーケードに、平良のクツの音だけが反響する。

 帰宅するだけなら、ここを通る必要はない。
 でも、そうでなければ、ここを通らなければならない。

 通り慣れた狭い路地を抜けると、風に乗って焼け焦げたソースの匂いが漂ってくる。それに反応してお腹がクーッと鳴り、そして、胸の中心がギュッと締め付けられる。
 平良は、ゆっくりと、いや、こっそりと店に近付き、気付かれないようにのれんの隙間から中を覗き込んだ。

 いる。
 あの制服、あの背中、間違いなく熊沢だ。
 さっき駅で盗み聞きした会話、あれは熊沢のことなのか?
 しかし、そうだとは断言することができない。
 証拠は何もない。

 ―――――いや、そもそも、これは自分に関係があることなのか?
 誰にも関わらないように、感情を殺し、表情を消し、人間関係を断ってきた。そんな自分が、思いを巡らせていること自体が、的外れなことなのではないだろうか?

 平良は後ろ足で店から離れ、そしてゆっくりと歩き出す。

 そうだ・・・
 そうなんだ。
 僕には関係ない。
 僕はただのアルバイトなんだから。

 誰のものか分からない痛みが、黄昏に染まる空に溶けていった。