「じゃあ、僕はこれで・・・」

 そう言いながら紗希に軽く頭を下げると、平良の目に背後にいた附属高校の制服が写った。表情には出していないつもりだったが、紗希が敏感に反応して振り返る。

「附属高校がどうかしたの?」
「いえ、別に・・・」

 「ふうん」と言った後、いつもと違う黒い笑みを浮かべた紗希が言葉を繋げる。

「塾にも附属の子がいるけど、何かと大変みたいよ。有名私立や国立大学に合格するのは上位1割か2割程度なんだって。その他大勢は、首都圏にあるそこそこの大学や地方の国立大学に進学しているみたい。でね・・・」

 紗希は塾に向かって歩いて行く附属高校の生徒達に視線を送りながら、目を細めて先を続ける。

「下の1割から2割は授業についていけず、落ちこぼれるんだって。附属高校という高級なブランドが仇になって、その大きいストレスに圧し潰される。潰れた後は、本当にみじめなものよ」
「あの・・・先輩?」

 平良の声が耳に届いた瞬間、紗希がハッとして我に返った。失態を取り繕うように満面の笑みを浮かべ、小首を傾げる平良に軽く手を振る。

「じゃあ、明日ね」
「はい、お願いします」

 郵便局方面へと続く通路を進む紗希を目で見送り、平良は家路に着いた。もう、どこかに寄ろうという気にはなれない。当然、今更「えびすや」に行く訳にもいかない。今は行けない。


 そのまま改札を抜けてホームに入ると、1番線に到着したばかりの電車に乗り込んだ。発車まで5分余り、というアナウンスが雑然とした車内に流れる。
 川中高校とは違うセーラー服を着た学生を眺めながら、附属高校の説明をしていた時の紗希を思い出す。

 紗希の胸にあったカギ。
 注意しなければならないほどの大きさではないが、平良は妙に気になった。


 平良は西川駅で下車し、通路を自宅がある北口に向かう。長い階段を下りて行くと、目の前に国立大学附属高校の制服が見えた。

 思わず舌打ちしそうになる平良。
 気にしていなかっただけで、今までもずっと周囲には附属高校の生徒がいたのだろう。こうして意識し始めると、無駄に焦点が合ってしまう。

 紗希の言う高級ブランドの制服。それを下品に着崩し、ダラダラと階段を下りる3人組。その集団を追い越そうと足を踏み出した瞬間、声高に話している内容が平良の耳に流れ込んできた。

「アイツさあ、マジで今日も行ってんの?」
「ああ、あの可愛い子のとこ?」
「そうそう、あのセーラー服の女。ここらでも結構有名じゃん」
「ああ、知ってる、知ってる。あの、ツンとした感じの子だろ?」

 セーラー服という単語が聞こえ、意図的に階段を下りるスピードを緩める平良。歩調を合わせ、他の乗客に紛れるようにして、3人の背後に移動する。

「清潔感溢れる、優等生を演じてるらしいぜ。主演男優賞ものの演技力だって、自分で言ってよ。マジウケる」
「マジで?アイツの場合、AV男優の間違いじゃね?」
「それ、マジそれだわ」
「でもよ、結局、ダマされる方が悪いんだって・・・・・何だよ?」

 3人組の1人が、聞き耳を立てる平良に気付き、顔だけで振り返る。別に睨まれた訳ではないが、平良は足の回転を上げ一気に改札を抜けた。
 ロータリーを駆け抜け、商店街に入った所で後ろを振り返る。そこには誰の姿もなく、平良の激しい息遣いだけが静寂を打ち消している。

 大きく深呼吸し、平良は呼吸を整えた。