ここ「えびすや」は、ごく一般的なお好み焼きしか提供していない。それでも、市内有数の繁盛店として有名だ。味はもちろん抜群に美味しい。しかし、それだけが理由ではない。お好み焼きを注文した人だけに、オマケでついてくる手相占い。この手相占いが、若い女性を中心に広がったからだ。

 手相を見るだけでで、数多の悩み事をズバズバ当てる。しかも、その解決方法を優しく、時に厳しく、丁寧に教えてくれる。手相を見てもらうためだけでも、一度は行ってみる価値がある―――と。

 しかし・・・


「ごめんなさいね」

 手相占いをしていたのは、凛花の祖母だ。店主だった凛花の祖母は、去年の10月に他界した。急性心筋梗塞で、あっという間に逝ってしまった。だから、今この店に占いができる人間はいない。

 それでも、インターネットや口コミで拡散された噂は簡単には消えない。仕方のないことではあるが、今でもこうして手相占いを目当てに来店する人たちが多い。特に学校や会社が終わる17時以降は、食事に来る常連を含め閉店まで席が空くことがないほどである。

「手相占いしていたのは先代の店主でね、去年亡くなったから今はもうやってないの。本当にごめんなさい」
「え・・・あ、ああ、そうなんですか」
「残念・・・」

 その光景を何度目にしても、未だに凛花は慣れることができない。心臓の辺りがギュッと締め付けられて苦しくなる。来店客の目当てがお好み焼きではないことを知り、どうしても気持ちが沈んでしまう。でも、悩み事を抱えて訪れた人たちを救えないことの方が、それ以上に凛花を落胆させる。

 凛花は幼い頃から店に入り浸り、中学生になってからは放課後ずっと店を手伝ってきた。だからこそ、明るい表情で帰って行くお客さんを見送ることが最大の誇りだった。広島県内にお好み焼き屋は星の数ほどあるが、心まで満腹にできるお好み焼き屋は「えびすや」だけだ。そう、胸を張って言えた。

「でも、悩み事があったら言ってみて。占いはできなくても、相談に乗ることはできるかも知れないから。こう見てもオバサン、色々苦労してるのよ?何かアドバイスができるかも知れないから、と・し・の・こ・う、で、ね」

 向かい側に座る女子高生にヘラと割り箸を渡し、店主である凛鼻の母が明るく声を掛ける。

 いつもこんな展開になるのだが、実際に悩み事を打ち明ける人は少ない。言い当てられるからこそ話せるのであって、初対面の他人に気軽に相談できるものではない。だからこそ、当たると評判の占いにすがるのだ。