「この子の話しは突拍子がなく分かり難いので、私からお話し致します。どうしてここに来たのか、去年一体何があったのか・・・」

 芽衣は退院祝いと称して、以前から行きたいと言っていたえびすやを訪れたらしい。その理由が、母親の口から徐々に明かされる。

「芽衣が言っているお祖母ちゃんというのは、私の母なんです。私は4人兄弟の末っ子で、母はもう72歳になります。年齢的にも仕方ないとは思うのですが、去年の10月に介護施設に入所しまして・・・
 あの、痴呆が酷くて、もう、ほとんど誰も認識できません」

 その後を、強引に芽衣が引き受ける。

「去年の10月までは、ちゃんと芽衣って呼んでくれてたの。9月の連休には一緒に旅行にも行ったし、一緒に寝たり、いっぱい頭も撫でてくれたし、それに、それに、いっぱいお話しも聞かせてくれたのに、それなのに!!」

 気丈に振舞っていた芽衣の瞳が揺れる。
 お祖母ちゃん子だった凛花にも、痛いほど気持ちが分かる。去年、店主であった祖母が突然他界した日、凛花はこの世の終わりが訪れたかのように打ちひしがれ、泣き続けた。

「このお店のせいだ・・・このお店で何かされたんだ。そうでなきゃ、あんなに突然、芽衣のことが分からなくなるなんて・・・そんなこと、絶対にありえないんだから!!
 芽衣は、それを調べに来たの。ここで一体何があったのか、それが知りたい。それさえ分かれば、お祖母ちゃんが元通りに・・・また、芽衣の名前を呼んでくれるはずなの!!」

 店内で芽衣の叫び声が反響し、その後に静寂が訪れる。

 平良は凛花が大声で反論すると思っていたが、意外にも腕組みをしたまま黙っている。短い付き合いとはいえ、凛花の前店主に対する異常な思い入れは十分に理解している。そうでなければ、今ここに平良がいることはなかったのだから。


「それで、お祖母ちゃんの名前は?」

 凛花は感情を圧し殺し、小刻みに震える手を握り締めて目の前にいる芽衣に訊ねた。しかし、それに答えたのは母親の方だった。

「臼田 トメです。住所はここから結構近くて、太田川沿いを水門近くに行った辺りです。隣に長男夫婦が住んでいますが、父は他界しているので、今その家には誰も住んでいません」

 ずっと話しを聞いていたが、平良には状況がよく理解できていなかった。芽衣の祖母が痴呆症で、介護施設に入所しているところまでは分かった。
 痴呆症になった原因が、一体どうすれば、「えびすや」の占いになるのだろうか?

「臼田さんという名前は、確かに聞いたことがあるわ」
「うん・・・」

 店主が零した言葉に、腕を組んだままの凛花が頷く。

「私がいない昼間に来ていたらしいから余り知らないけど、名前は何度も聞いた。でも、それが何の話しだったのかまでは思い出せない。でも―――――」

 凛花の目がギラリと怪しく光る。

「売られたケンカは買う主義だから。相手が小学生だからって、手を抜いたりしないからね!!」

「は?」

 平良の頭上にクエスチュンマークが何個も現れ、ピカピカと点滅す。凛花が何を言っているのか、理解が追い付かない。

「分からないの?」
「は?」
「要は、えびすやの占いが原因でお祖母ちゃんの物忘れが酷くなったから、責任取れって脅しに来てるのよ」
「は?」

 平良が芽衣の母親に視線を送ると、物凄いスピードで首を左右に振っている。しかし、芽衣はスッと立ち上がると、凛花に向かって人差し指を突き付けた。

「脅しじゃなくて、事実だし!!
 とにかく、ここで占いをしてもらって、それから一気にああなったんだから、それは間違いないの。その責任を取って、お祖母ちゃんを元に戻しなさいよ!!」

 あからさまに言い掛かりだ。
 でもこれ、一体どうすれば良いんだ?
 2人を視界に収めながら、平良は途方に暮れる。これまで何度も凛花の暴走を止めてきたが、今回ばかりは解決できそうにない。

「・・・分かった」

 分かったって、一体何を!?
 凛花の言葉に、平良は思い切り困惑する。

「私が、前の店主が悪くないということを証明してあげる。だから、もし、ウチが悪くないと分かったら、私を二度とオバサンって呼ばないで!!」

 そこかよ!!
 平良は頭の中で、フライング・クロスチョップを凛花に見舞う。
 平良は本格的に無関係だが、きっと巻き込まれるに違いない。悟りの境地で、平良は大きくため息を吐く。

「それはムリ」

 芽衣の答えに凛花が再び雄叫びを上げ、再度炎上したが、芽衣の母親が仲裁して話し合いは成立した。


 芽衣親子が帰った後、外に出て大量の塩を撒き散らした凛花が鼻息荒く店内に戻って来た。

「平良、明日は臼田さんの所に行ってきて」
「は?」

 いつもは何事にも動じない平良の目が、明らかに点になっている。お願いも前振りもなく、平良は既に調査隊のメンバーに組み込まれているらしい。

「何か文句があるの?」

 凛花がいない間限定の店番、というお手軽バイトだったはずなのに、いつの間にか「えびすや」の一員として手伝うことが当然のようになっている。もちろん、その指示に意義を唱えることはできない。仮に拒否しても、理屈で勝てる可能性は皆無だ。もし、数学と英語の点数が平均点を超えていれば、選択できる未来があったかも知れない。

「・・・行ってきます」