平良はいつもの席で、ソースを塗るハケを眺めながら固まっていた。基本的にいつも無表情なので何を考えているのかは分からないが、心なしか元気が無いようにも見える。
その理由を聞こうとして凛花が口を開きかけた瞬間、外から大きな声が飛び込んで来た。
「伏魔殿はここで良いのかしら?」
聞き覚えのある甲高い声。そして、無意味に高い位置から喋ろうとする態度。そして、どうにかやっと、頭のてっぺんでのれんが揺れる身長。
「コラ、失礼でしょ!!」
「痛いっ」
凛花がそちらに視線を移すと、どこかで目にした美少女が涙目になりながら頭を押さえていた。
「め、芽衣ちゃん?」
凛花が声を掛けると、芽衣は背筋を伸ばして振り返った。そして、手を腰にやって不敵な笑顔を浮かべる。
「誰かと思えば、病院で散々私に恥をかかせたオバサンじゃない。どうして、悪の巣窟にいるのかしら?」
「オ、オバサン・・・」
ワナワナと小刻みに震える肩。これがマンガなら、背後にメラメラと燃える真っ赤な炎が描かれるだろう。
そんな凛花を制止しながら、平良が不機嫌そうに口を開く。
「悪の巣窟って、一体何のことなの?」
逆上して我を忘れている凛花を押さえつつ、平良が芽衣に訊ねる。芽衣は小首を傾げて動かなくなったが、不意に頭上に電球が灯って我に返った。
「ああ、あの時のブサメンかあ!!」
芽衣はツカツカと鉄板まで歩いて来ると、椅子に腰を下ろし「肉・たま・ソバ」と注文する。慌ててその横に座った芽衣の母親も、同様に注文を済ませる。同時に、店主を始め、凛花と平良に頭を下げた。
高見沢 芽衣は利発な少女だ。
小学1年生にして難しい単語を使いこなし、その会話能力と語彙力は小学生高学年と比較しても遜色がない。女王様然とした振舞いが多少痛々しいが、それも見た目の華やかさを考慮すれば、それはそれで有りかも知れない。と思ってしまう。
それにしても、この既視感は一体・・・
その時、平良は視界に入る2人の美少女を眺めながら、あることに気付いた。性格が多少違うとはいえ、凛花と芽衣、この2人はスペックがよく似ているのだ。
「なるほど」と、今さらながらに平良は納得する。どうやら芽衣が凛花に対して攻撃的な理由は、この辺りにあるらしい。
「それで、ウチを伏魔殿と言った理由を聞かせてもらえるかな?」
店主がお好み焼きを作っている隣で、腕組みをした状態で凛花が芽衣を見下ろす。お好み焼き作りに見入っていた芽衣が、「コホン」と軽く咳払いをしながら凛花に火花を飛ばす。
「去年、ここでお祖母ちゃんが占ってもらったんだけど、その直後から、お祖母ちゃんが体調を崩してしまった」
「それで?」
芽衣が視線を落とし俯きながら続ける。
「芽衣は、お祖母ちゃんが大好き。
優しくて、何でも知っていて、色んなことを教えてもらった。遊びに行くと、何があっても芽衣を優先してくれた。大好きなお祖母ちゃん・・・それなのに、それなのに、このお店が、占い師が、お祖母ちゃんを!!」
幼い瞳に、怨嗟の炎が噴き上がる。
その迫力に凛花は気圧されて言葉に詰まり、平良は思わず息を飲んだ。
「コラ、皆さんに失礼でしょう!!」
ゴンという音とともに、芽衣の頭上で星が舞い散る。
「あの、芽衣の母です」
涙目で自分の頭頂部を撫でる芽衣の隣で、上品な女性が頭を下げる。芽衣があと30年もすれば、このようになるのではないかと想像できるほど2人はそっくりだ。