長谷川は凛花から視線を切り、向きを変えて島田の後ろへと移動した。その様子を見て、いつも冗談を言っている中薗から笑みが消える。
「それともう1つ。どうしてもやらなければいけないがあるから、今日はここに来たんだ」
次の瞬間、そこにいた全員が目を疑った。
長谷川がその場で土正座し、床に頭をこすり付けて震えながら言った。
「ごめんなさい。いまさら謝って済むものでもないし、許してもらえるとも思っていない。それでも、謝らないという訳にはいかない。本当に、ごめん・・・」
土下座する長谷川を、中薗は無言のまま見下ろす。そんな中薗とは違い、長谷川の元に飛び出して行った凛花は、ヘラを握り締めたまま思い切り叫ぶ。
「はあ!?アンタ、何を言って―――――」
「分かった、許すよ」
「え、ええ―――――!!」
島田の方を向き、納得できないとばかりに鼻息を荒くする凛花。しかし、そんな凛花を、穏やかな表情で島田が宥める。その姿は、まるでライオンと猛獣使いのようだ。
「ありがとう凛花。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、その気持ちだけもらっておく。そもそもの原因は私にもあるし、長谷川さん達だけが悪い訳じゃないから。それに、私が許さないと、他の誰も許してあげられないしね」
「だね」
様子を窺っていた中薗が同意する。
「原因の1つは、茜の気持ちに気付かなかった私にもあるし。茜が良いって言うなら、私もそれで良い」
「だから、もう良いから立って」
島田が長谷川にの手を取り、グイッと引っ張り上げる。
「そ、そんな、2人が許すって言うなら、もう、私には何も言うことなんかできないじゃん!!」
凛花がヘラをブンブン振り回して、頬を膨らませて拗ねる。ヘラの先端が平良の頬を掠めていく。
「はいはい、せっかく来たんだから、1枚食べて帰ってね」
中薗と島田、そして島田と平良の間の席に焼き立てのお好み焼きが登場する。
「ふん、どうぞ」
凛花に促され、島田と中薗の顔を覗き込んだ長谷川が席に着く。大きい女の子が並び、鉄板の前は少々窮屈になる。まるで、温泉に浸かるカピバラのようだ。そう見えてしまうと、凛花はカピパラに怒っている自分が、ひどく滑稽に思えてきた。
「ねえ、まだ?」
お好み焼きを食べる3人を見詰めながら、平良が凛花に訊ねる。空腹の平良が、今にも呪いの呪文を唱えそうだ。
「忘れてた」
「え・・・」
「ごめん、ごめん、すぐに作るから」
コントのようなやりとりをしながら、凛花は手を動かし始める。グルグルと生地を練っているうちに、その表情が穏やかになっていく。
鉄板に生地を広げ、手順良く調理を進める。両手に小さいヘラを持つ平良を見て、凛花が苦笑いを浮かべた時だった。
「空いてますか?」
えびすやには珍しい男性の声。しかも、声質からして若そうだ。
何気なく平良が振り返ると、そこには制服姿の男子高校生が立っていた。特徴がある制服は、国立大学付属高校のものだ。
国立大学付属高校は、県下ナンバー1の偏差値と東大進学率を誇る超進学校。しかも、お金持ちの子息が多いことでも有名だ。その制服を見るだけで、その他大勢の高校生は気遅れして俯いてしまうという。
「はい、大丈夫ですよ」
店主がそう答えると、ゆっくりと余裕がある態度で店主の前まで進み、スマートに席に腰を下ろす。そして、お好み焼き店に似つかわしくない優雅さで唇を動かした。
「お好み焼き、スペシャルをお願いします」
スペシャルと聞き、思わず平良はその男子高校生を二度見する。スペシャルは、肉の代わりに最高級の牡蠣が入っているもので、週に1、2枚しか出ない1500円もする商品だ。貧乏人が、「ちょっと食べてみようかな」と、お気軽に注文できる品ではない。
「それで、1つ占って頂きたいことがあるんですけど、良いですか?」
男子高校生はそう言って、鉄板の手前に右肘をつき身を乗り出した。