久しぶりの定位置。平良はえびすやの鉄板の前に、真っ赤なカープエプロンを着て立っている。最近は出張と称して凛花に連れ回されていたため、えびすやの鉄板越しに見る店内が妙に懐かしく感じる。
ついでに言うと、今日はバスケットボールの練習日。凛花が帰って来るまで、店主の片腕は平良だ。当然、ただ店主の横に立っているだけではある。
「平良君、凛花に振り回されて大丈夫だった?」
不意に店主が平良に声を掛ける。ちょうど客が途切れ、店内には誰もいない。
「いえ、特には」
ぶっきらぼうに答える平良に、店主は思わず苦笑いする。自分の娘だけに、どれだけ無鉄砲な性格なのか十分に理解しているからだ。猪突猛進という言葉は、凛花のためにある言葉だと本気で思っている。
「でも、平良君が一緒に行ってくれるから少し安心かな。あの子だけだと、ドンドン突っ走っちゃうからねえ」
確かに・・・と、平良は内心首肯する。放っておいたら、占いをしていたという前店主の代わりに―――と、お客さんが納得するまで、行った切りになってしまう。
だからと言って、平良は凛花の行動を止めようとしている訳ではない。そもそも、平良は自ら参加している訳ではなく、単に巻き込まれているだけなのだ。
「ただいま」
そんなことを考えていると、凛花がのれんを掻き分けて入ってきた。普段は裏から帰ってくるが、練習の後は店側からのことが多い。特に、あの2人が一緒の時はそうだ。
「お腹空いたあああああ」
「私も、もう、材料があるだけ食べちゃう」
凛花が着替えるために奥に入って行き、中薗と島田が鉄板の前に腰を下ろす。
2人は声に出して注文することはしていないが、店主は既にお好み焼きを作り始めている。わざわざ口に出さなくても、2人が食べるのは「肉・たま・ソバ」に決まっているのだ。
ジュージューという音とともに、店内にお好みソースが焦げる匂いが漂う。何とも言えない香ばしい香りに、つられて平良のお腹もグーグーと共鳴する。
「平良、エプロン」
「うん」
店の奥から姿を現した凛花が、限界突破のサイレンを激しく鳴らす平良に声を掛ける。平良は素早くエプロンを脱いで手渡すと、まるで瞬間移動のように一番奥に着席した。
「アンタねえ・・・」
そんな平良の行動を目にした凛花は、ため息とともに生地を練り始める。平良が食べるお好み焼きは、基本的に凛花が作っている。凛花の練習が平良に対するバイト料の支払いになるという、一石二鳥の契約だ。
そんな光景を眺めていた中薗が、何気なく呟いた。
「それってさあ、凛花の手作り料理を、平良は毎日食べてるってことだよね」
「「いやいやいや、それは違うから」」
「息ぴったりだし」
今度は島田がそう言って笑う。
確かにそうかも知れないが、一般的な飲食店に当てはめれば賄い料理なのだから、手料理と表現する代物ではない。
凛花が必死に否定し、平良はいつものスルー状態に戻る。
「いらっしゃいませ」
店主の声が響き、我に返った凛花も顔を上げる。平日とはいえ既に午後6時30分過ぎ。いつもなら、席が埋まり始める時間帯だ。
「こ、こんばんわ」
聞き覚えのある声に、凛花だけでなく中薗と島田も振り返る。
「あ、ありがとうな。陸斗のこと」
そこにには、視線を泳がせて立つ長谷川の姿があった。
セーラー服姿ということは、部活帰りなのだろう。今の時刻から考えると、帰宅せず真っ直ぐ来たに違いない。
「いや、陸斗君はウチのお客さんで、私が・・・いや、平良が占いの依頼を受けたから。とは言っても、占った訳じゃなく、相談に乗っただけなんだけどね。だから、お礼を言われることではないよ」
「それでも・・・そうだとしても、本当にありがとう」
頭を下げる長谷川を見て、凛花は何とも言えない微妙な表情をする。陸斗には思い入れはあるが、正直なところ、姉である長谷川に対して良い印象はない。こうして島田が目の前にいると、なおさらだ。