翌日の水曜日。当然のように凛花に連れて来られた平良は、3日連続で市民病院の1階ロビーを訪れていた。

 平良には何もすることはないし、ここにいる必要性をまるで感じない。ただ、最初に声を掛けたのは平良本人だし、無関係だと言うのも少し違う気はしている。

 目の前に凛花。そして、その隣には母親に連れてこられた陸斗。これから、一世一代の告白タイムが行われる。午後5時になると、清水川が芽衣と一緒に1階ロビーに下りて来ることになっている。

 壁に掛けられた電子時計の数字が、16時55分に変わる。
 チラリと陸斗の表情を窺うと、さすがに緊張で強張っていた。それはそうだ。仮に平良が同じ立場だとしても、ポーカーフェイスを続ける自信はない。

 奥に見えているエレベーターが開く度に、全員が下りてくる人を凝視する。まだ、芽衣は下りてこない。土壇場になって、気が変わったりしないように―――と、凛花は願う。
 まだ6歳だとはいえ、その想いは本物だ。凛花はそう思っている。そして、芽衣は約束を守ってくれる。そう信じている。


 時計が17時02分を表示した時、エレベーターの扉がゆっくりと左右に開いた。照明が落とされ薄暗くなっている1階ロビーに、エレベーター内のライトが射し込む。

 陸斗に向かって伸びる光の道。その先に、芽衣の姿が見えた。
 ここから先は2人だけの時間だ。
 その他大勢と大人達は関係ない。

 前方を眺めながら固まる陸斗だけを残し、凛花と母親、そして平良は静かにその場から離れた。


 1歩、2歩・・・
 ゆっくりと、陸斗が足を前に踏み出す。
 先ほどまで幼かった顔が、決意を固めた男の表情に変わっている。

 母親が口を手で押さえて見守る。
 凛花が両手を合わせ、祈りのポーズをする。
 平良は静かに、無表情のまま眺める。

 芽衣が見えた。
 光の具合なのか、顔がほんのりと赤い。
 だが、小学1年生とは思えない大人びた美貌。間違いなく、同世代ではズバ抜けた美少女だ。

 母親は慰めの言葉を探す。
 凛花は成功を信じて祈る。
 平良は小首を傾げた。


 ゆっくり歩いていた陸斗の足が回転を上げ、我慢できなくなったのか一気に加速する。芽衣がゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑む。そんな芽衣に、芽衣の横を、陸斗は駆け抜けた―――――!?

 「は?」という表情をする凛花と母親、そして芽衣。平良だけは、まるで予測していたかのように表情を変えない。

 陸斗が向かった先。
 それは、看護師の清水川だった。
 清水川の前に立ち、陸斗が見上げて叫ぶ。

「僕と、僕と結婚して下さい!!」

 やっぱりか。
 その様子を眺めながら、平良はひとりで頷いた。そんな平良に気付き、凛花が平良に顔を寄せる。

「平良、もしかして気付いてた?」
「うん。・・・いや、もしかしたら、そうなんじゃないかとは思ってたよ」
「何で分かったの?」

 不満そうに頬を膨らませながら、平良を睨む凛花。そんな凛花に無表情のまま平良が説明を始める。

「だって、どう見たって、芽衣ちゃんは腕の骨折だよね。それに、もう明日にでも退院しそうだしさ。そもそも・・・」
「そもそも、何?」

「時間がない―――って言ってたじゃん。あれって、相手が病気とかじゃなく、相手が結婚するんじゃないかと思ったんだ。普通、小さな子が結婚なんて単語を口にしないよね。だからさ」
「そういえば、結婚がどうとか言った時、清水川さんが、大変だとかお金がかかるとか言ってたような・・・ああ、そうか」

「ありがとう、陸斗君」

 そう言って、清水川が膝を折る。視線を同じ高さにして、穏やかに微笑む。その笑顔を見て、陸斗が満面の笑みを浮かべた。

「でもね」

 その笑みも、その一言で急激にしぼむ。まだ6歳の陸斗にも、その先に続く言葉が想像できたのだろう。

「私は、来週の土曜日に結婚しちゃうんだよ。だから、陸斗君とは結婚できないの」

 今にも溢れ出しそうな涙を堪え、陸斗は震える声で訊ねる。